2008年12月31日水曜日

歯が…

かけた…

ものすごくショック。歯が欠けて、アナがあいた。全く痛みはないのだが、欠けた状態がよくわかる。丁度、銀をかぶせている所の脇が欠けたらしい。あぁ。ブルー…

2008年12月25日木曜日

念願の

ついに、カメラを買ってしまいました。クリスマスプレゼント、と思って、アマゾンで購入しておいたのです。メール連絡では、来年になるとかなんとか言っていたのですが、クリスマスイブに届きました。ありがとう!

買ったカメラは、PENTAX K200で、18-50mmのレンズ付きです。PENTAXにした理由は以前PENTAXの銀映カメラを持っていたからで、レンズを共通で使えるからです。28-80mmレンズとHSさんに頂いた80-200mmの望遠レンズも使える、と言う事で結構幅広く撮影できるのではないかとわくわくうきうきしています。今回購入したのは、これに加えて、8GBのSDカードとリモコン。締めて$600ってのは、割とお得だったのではないかと思っています。今後はこのカメラで撮影した写真も載せて行きたいと思います。

2008年12月22日月曜日

まとめ

今年ももうすぐクリスマスで、残す所後わずかとなってきました。先週末で今年の原子炉運転も終了し、僕の実験も全て終了となりました。また、こちらではクリスマス以降年始頃まで皆さんお休みされるので、僕も今年は明日で仕事を終わりにしようと思っています。

ということで、今日と明日は今年のまとめをしておかなくてはなりません。

朝メールチェックをしたら、ドイツでの実験結果についての報告が届いていた。それを踏まえて、その前にここで行った実験の結果についての論文を如何にまとめるか、と言う事の相談が含まれていた。思い返せばこの実験、今年の1月に行った実験でした。寒い中、面白い結果が出たと喜んだものでした。その後いろいろありましたが。兎に角、主著者の意向に従って、方針について同意するメールを送っておきました。

また、アメリカに来て初期の頃に行った実験結果をまとめた論文がMacromoleculesに受理された、と言う報告もありました。その実験は確か2007年の1月に行った実験だったと思います。結果に結びついた事は大変嬉しい事であります。

また、来年はじめ頃のマシンタイムを決めるために少し仕事を行いました。

その後、今年最後のNSE実験結果についてレポートを作成しようとデータとにらめっこ。3月から断続的に行った実験結果をいろいろ検討していた所、レポートが簡単には作成できなさそうだ、と言う事に気がついた。いくつか確認しながら書かなければならないようで、今日はほとんどペンを進める事が出来なかった。明日一日でまとめることができるかどうか微妙な情勢。

更に、僕自身の12月の実験についても解析を進めて、少しまとめておきたいのだが、そこまで手は回らないかも。休暇中の仕事としてペンディングとなるような気がする。

それにしても、今年は良く実験をした。出張も多くなって来た。今年僕の目玉の論文は、1月2日に投稿したのだった。夏頃掲載されて結構満足のいくものだった。それ以外にも共著の論文もいくつか出たし、よく頑張った年ではなかろうか。来年に向けてしっかり準備しなければ。

2008年12月17日水曜日

話し合い

今日は、小角散乱データの解析をした。

バージニアからMKさんが来ていたので、話をした。また、今来ているTKさんらとも少し話をした。
来サイクルのスピンエコー装置の実験日程について担当者で話し合いをした。
明日からインディアナに戻るZY君と夕食を食べた。

2008年12月16日火曜日

議論

朝TKさんから電話があり、装置が止まっているとのこと。というわけで、朝装置に駆けつけて再起動して、測定を続けた。

高圧学会誌の原稿について、レフリーが掲載OKを出してくれた、と連絡があった。元原稿や図を先方のformatに直して送信した。これで一つ仕事が終わった。

その後、TKさんと今の実験についての解釈や解析の方針などを話し合った。丁度、今やっている系のダイナミクスが、以前、K大のTKさんがやったのに似ている上に、丁度今こちらに来ている、というわけで、質問してみよう、と言うことになった。午後からその件について質問して、いろいろと教えてもらった。

また、その際、今行っている研究についても説明し、ご理解頂いたようだ。いろいろ発展性についての話なども出来てとても良かった。というわけで、先日測定したデータの解釈を進めなければ。

先日少し書いたが、次のビームタイムラウンドの申請の他のレフリーからのコメントも帰って来た。出だしが大変悪かったものの、その他のコメントは比較的建設的だし、ポジティブな意見だったので少し安心した。

夕方、ORNLの事務から連絡があり、visaについての問い合わせだった。そう言えば、visaを変更したので、その連絡をしなければならなかったのだ。とりあえず、expiration dateだけ知らせれば良いとの事だったので、それをメールで連絡した。

2008年12月15日月曜日

日本人ユーザー

今日は朝から、SUNYのTKさん、MAさん、K大のTKさん、GMさんと学生さんの5人もの日本人がうちの施設にやってきた。K大のTKさんとは朝から日本の事についていろいろ話をして教えてもらった。

結局僕の実験は無事終了したのだが、少しよく分からないこともあって、うまく解析出来るかどうか不安だ。

SUNYのTKさんは週末から反射率の実験で、今日からスピンエコーの実験も始めた。前のユーザーは僕だったので、引き継ぎはすんなりうまくいった。TKさんの実験は、これまでにやって来たのの続きなので、実験自体はうまく行くと思う。

それにしても、今週末に原子炉が止まるのだが、それで今年の運転は終了だ。今年もまた早かった。

2008年12月12日金曜日

実験と解析と

午前中、polymerであったセミナーに参加した。発表者は、Prof. M. Gradzielskiでstopped flowによる界面活性剤系の構造形成の話だった。いくつかの実験結果を示していて、面白い結果がいろいろあった。注目はやはり、安定構造間の転移のpath wayで、stopped flowによる実験がkineticsやdynamicsを調べる点で有用だ、と言うような話だった。

午後からはその彼がうちの施設に来る、ということで、自分の研究のことや彼の研究のことなどいろいろ聞きたいと思っていたのだが、結局、15分しかなくて、装置の説明して、今行ってる実験をさらっと説明したら時間が終わってしまった。ただ、僕の実験については、面白そうだと言うコメントだったので、その点はよかった。一度訪ねてみたいなぁ、と思った。

その他の時間は相変わらず実験と解析である。実験は着々と進んでいて、データがたまって来たので、目的とする解析方法で解析を始めてみた。やっぱり、実験って簡単ではなくて、さくっとfittingできる、と言う事もなく、少し解析に時間がかかりそうだ。ただ、組成や温度による違いは見えていると思うので、実験そのものはうまく行っていると思われる。解析のもう一工夫がいる、と言う事なのだろう。うまく捌けると良い結果になると思うのだが。さて、どうなるか。

また、1月にORNLで行う実験のための出張日程を決めて、飛行機とホテルの予約をした。

2008年12月11日木曜日

GINSE

今日は午前中セミナーがあった。ドイツからやって来た研究者で、GISANSとGINSEを使ったコロイド粒子の表面近傍の構造とダイナミクスの話で、特に、流動場中の議論を行いたくて最近注目している研究、ということだった。特に、GINSEの実験の話は技術的に興味深く聞いた。ただ、サイエンスとして本当には何がやりたいのか、という意味ではまだあまり明確ではなく、今後の進展が期待される。

また、次のプロポーザルラウンドの技術審査を終わらせた。

その他の時間は、スピンエコーの実験と解析。2つ目の試料が終了し、6つめの試料の半分の測定が明日の朝には終了する事になる。その後は、週末にかけて長時間ランをかけて、月曜日に怒濤の様に短めの測定を行う、という計画だ。明日は、ドイツから著名なマイクロエマルション系の研究者が高分子グループの所にやって来てセミナーがある予定なのだが、丁度試料交換の時間がセミナー中になりそうで、少し困っている。うまくやりくり出来るといいのだが。

2008年12月10日水曜日

高圧学会誌再投稿

朝、共著者からのコメントが帰って来ていたので、修正を加えた。何度か読み返して、夜になって編集者に原稿を送った。

NSE実験は順調に進んでいる。データは着々と出ているのだが、全体の解析をするにはまだデータが足りないので、解析をしつつ、データが揃うのを待っているような状態が続く。それにしても、ここのところ頻繁に起こっていたマイナーエラーが皆無になっている。ものすごく快適に実験が進んでいる。ある意味怖い。

次のビームラウンドの申請書についての技術審査が回って来ているので、それをはじめた。全てについてざっと目を通したが、一件を除いては問題はなさそうな感じだった。時間があれば明日にはコメントを書こうと思う。

2008年12月9日火曜日

今頃

ZY君が書いた論文を今年の1月か2月頃読んでいた様な気がする。その後どうなったのかと思っていたら、今頃になってようやく投稿した、という。長い間DBさんの所で止まっていたらしい。

今日もNSE実験の続きの一日。思ったより測定が早めに進んでいるので、試料を増やす事にした。うまく入るかどうかは不明だが、なんとかなると良いのだが。測定データは順調に溜まっていて、解釈を考えてみると、なかなか面白そうなのではないか、と思う。早く全容が見たい。明日になると、定量的な解析も始められそうなのでそれが楽しみである。

と思ったら、温度制御をリモートにしていなかったので、測定はうまく行っていなかった。幸い自宅から気がついたので、2時間弱のロスで済んだ。最初のデータを持って帰って自宅でさくっと解析してみたが、結構うまく行っているような感じに見える。やっぱり楽しみだ。

2008年12月8日月曜日

NSE実験続き

週末はずっとNSEが動いていたけど、一度も呼び出される事がなかった。前のサイクルに交換したGP-IBコントローラがいいらしい。日曜の朝4時頃試料交換をして後は週末は家族と過ごせました。良かった。でて来てるデータはまずまずで、今のところ、ちゃんと目的の領域で違いが見えているようなのでひとまずは安心、と言う所でしょうか。

また、週末には久しぶりに、2年程前にうちの研究所の他の部門にいたTT君が尋ねて来てくれた。今はR研でポスドクをやっているのだけど、いろいろ言ったわがままを全部聞いて、土産を持って来てくれた。そのうちの一つでもきたら嬉しいな、と言うつもりだったのに、全部持って来てくれたので逆に、恐縮した。日曜日の夕食を一緒にとり、いろいろと日本の状況を聞いた。

実験以外の時間は、データの解析と論文読み。

また、FRM-IIのデータをうちの解析ソフトで読み込むことができる様になったと、夜になって連絡があった。これでいろいろと比較が出来る。ありがたい。また、HEさんからお願いしていた資料が届いたので目を通した。

JSGさんやAFさんが戻って来たので、週末の装置の様子などを話した。データに少し納得いかない所があるのでAFさんと話し合ったが、解決策は見つからなかった。もっとも、間違ったデータがでて来ているわけではないので実験は継続するのだが、何となく気持ち悪い。

次のサイクルラウンドに提出していた中性子の申請書のレフリーレビューが一つ帰って来ていたので見てみた。ひどい点数をつけられていた。コメントを読んでみたけど、まぁ、勿論納得できる事が書いてある訳もなく、次のラウンドはビーム貰えそうにない、と言う事だけは分かった。時々よくわからんレフリーがつくこともあるけど、それも研究の一環。僕の書いた申請書の内容が理解しにくいものだったのだろう。それにしても、ひどい点数になった理由が今一よくわからないのは何の参考にもならない。

2008年12月6日土曜日

NSE実験

今日は朝からスピンエコー実験。

職場についたら、原子炉が丁度full powerになった所でした。すぐに装置の所に行き、ビームを待つ事に。根元のシャッターが開き、うちの装置のシャッターを開けた所、放射線チェックをしている人が、「いつもに比べて線量が凄く低いけど、ちゃんとビーム出てる?」と。ビームモニターのカウントを確認して、「あぁ、これは、新しいNVSを入れたんで、その回転方向が逆になってビームブロックしてるんだと思いますよ。」ということで、NVSの回転方向を逆にした。これ、日本で昔経験した事があるので全く焦らずに理解出来たんだけど、初めての出来事だったら、ものすごくあたふたしていたでしょうね。しかも、他の装置担当者はいないから、相当困ったはず。案の定、回転方向を逆にしたら普通にビームが出て来て、装置の調整を行えた。

今日はまずは波長校正から。AgBehのピーク位置で波長を確認して、広い範囲のエコーを測定して波長分布を確認する。という作業。本当は、チョッパーを使いたいんだけど、壊れてて動かないから仕方が無い。結局、夕方までかけて、波長校正を行った。もう少しいい条件に持って行きたかったんだけど、夕方になってたし、自分の測定を始めたいので途中で切り上げて測定にかかった。

その間、ガイドホール拡張のための冷却水の能力の計算の為に、僕らの装置の電気食いコイルのスペックを連絡したりした。結局、今計画している冷却水のキャパで僕らの装置の冷却も問題なさそうだ、という結論になったので安心した。

夕方から分解能測定を始めて、夜中に試料の測定を開始した。今回の実験は、ある程度結果を予想しているものの、本当にそうなるのか全く分からない。これから10日間、楽しみな実験である。

2008年12月4日木曜日

チームミーティング

毎サイクル終了後、次のサイクルが始まる前にチームミーティングを行います。僕の属するチームは、非弾性散乱のグループで、HFBS、DCS、NSE、FANSの担当者が入っています。ミーティングは、前のサイクルでそれぞれの装置で何をやったか、という、報告会です。今日は、いつも報告するAFさんもJSGさんも不在、というわけで、NSEのことについては僕が報告しました。まぁ、そういう所でどう言う状況だったか、を説明する訳で、何をやったかが分かってもらえれば良い訳ですが、相変わらず、英語力が無いが為に、面白い事もいえず、しどろもどろになりながら説明しました。いいたい事は分かってもらえた様なので、それは良いんだけど、なんだか、やっぱり情けないですね。

さて、今日は、久しぶりにZY君と顔を会わせました。彼のholidayについて聞いてみた所、車が壊れてしまったが為に、予定が大幅に押してしまったようです。トランスミッションを乗せ変えて、休み前に$1500かかった、と言ってました。奥様がGeorgia州にいるので、そこで過ごしていたようです。片道10時間程のドライブだそうで、DCエリアよりは暖かいとの事。僕らも一回いってみようかな。

午後からは、明日から始まる実験の試料準備。濃厚系なので、試料調整に少し気を遣います。温めたり冷やしたりしながら平衡に達しやすくなる様にして、試料セルにつめておしまい。エアバブルの混入を心配していましたが、セルにつめたあと低温に置いて流動性を持たせる事でうまく空気も抜けたようです。あとは、実際の測定を待つばかり。明日は朝からビームが供給される予定なので、一日頑張ろう。

夕方、久しぶりにゴルフの練習をしにうちっ放しに行った所、8時で終了ってことで、結局練習出来ず仕舞い。残念。

2008年12月3日水曜日

準備

朝から、高圧学会誌の原稿の修正を行い、共著者に送信した。

明日のチームミーティングの資料を作り、その後、NSEチームメンバーで少し話し合いをした。明日は、AFさんもJSGさんもいない事が分かったので、チームミーティングでの報告役は僕、と言うことになった。

AFさんの発表原稿を見て少しコメントする。

JSGさんの実験の後片付けを少し手伝い、その後、自分の実験用のセッティングを作る。

実験用の試料セルなどの洗浄を行い、乾燥させた。また、以前測定したデータの解析などを行いながら、実験条件について改めて考えた。

2008年12月2日火曜日

MacBook Pro returns

ようやく、MacBook Proが手元に戻ってきました。結局、Logic Board、ファン、電源の交換を行ったとの事。しめて、$525だったそうな。いずれにせよ、ようやくもとの環境が帰って来て嬉しい限りです。というわけで、今日は朝からMacBookで進めていた仕事のファイルをMacBook Proにコピーしたりして、使える環境を取り戻した。

KM君のPRLに対するレフリーコメントが帰って来たので、その内容について検討したり、今後の方策等について、自分なりに思案してみた。

ドイツ出張中に高圧学会誌に投稿した原稿のレフリーコメントが帰って来ていたのだが、ドイツでは内容を精査出来ていなかったので、今日から修正にかかった。editorからは少し長いので可能なら短く、というコメントもあったので、短くする事も考えながら原稿を見た。

明後日から始まる実験に向けて、装置の立ち上げ。この前のサイクルはNVSの調子があまり良くなかったので、サイクル終了とともにNVSの乗せ変えを行ったらしい。このNVS、新しく購入した新品なので、波長校正等を念入りに行う必要があろう。というわけで、チョッパーが動くかどうかSANSの人に確認したら、まだ直してないとの事なので、面倒だけど、自力での波長校正を行う、という事になりそうだ。また、試料のチェックと、測定時間や測定条件についてのシミュレーションを行った。その結果、マシンタイムが足りそうにない、という事が判明して少々困った状況だ。ビームが出てから全体のアレンジを考え直そう。

2008年12月1日月曜日

久しぶりに

職場に顔を出したら、いくつか仕事が待っていた。

出張の整理をして、出張の報告をして、同僚といろいろ話をした。いくつかの論文についていろいろ意見も来ていたので、それらの整理をした。

次の実験についての検討を行い、実験方針のシミュレーションや試料のチェック等を行った。

ボスと論文へのレフリーコメントについて話して、今後の方針を共著者に送ったりした。また、ドイツで測定されているデータのチェックを行い、コメントを送った。

出張の為に借りていたパソコンを返し、修理に出しているパソコンの現状を聞いた。明日には元のパソコンが戻ってくるであろう事が分かった。明日からようやくもとの環境で仕事ができる良かった。

2008年11月29日土曜日

帰米

ドイツを離れてアメリカに帰ってきました。インドであったテロの影響でしょうか、セキュリティチェックが厳しかったです。

朝、タクシーでミュンヘン空港へ。モロッコ出身の運転手は色々と日本のことアメリカのことを聞いてきました。特に、彼が熱かったのは、新しい大統領のこと。ブッシュはカタストロフだったとか、過激にしゃべってました。アラブの人には納得できないことが多かったようです。

さて、空港についてチケットを受け取るところ。おばちゃんがパスポートを見ながら、何しに来たのか、アメリカで何してるのかと沢山聞いてきます。ドイツで滞在したのはどこだ?ときかれ、研究所の名前を答えたら、ホテルはどこだ?と。どこどこのホテルだと答えたら、その証拠を見せろ、と。レシートを探し出して見せたら、研究所に行った証拠を見せろ、と。そんなものプリントして持ってませんよ。ホテルの手配をしてくれた研究所からのメールをプリントして持っていたのでそれを見せたら、これだけか?と。失礼だなぁ、と思いながらも、まぁ、納得してくれたようです。そして、今度はアメリカでは何をしているのか?と。某研究所で働いてます。インディアナ大学の雇用です。ビザはH1Bです。と。ビザスタンプも貼ってあるのに、インディアナで働いてる証拠を見せろ、と。インディアナ大のIDなどは発行されておらず持っていないので、そんなものはない、と答えたら、通してくれない雰囲気。。。まじですか?H1Bビザのアプローバルのコピーを持っていたのでそれを見せたら、何とか納得してくれました。それにしても、失礼なおばちゃんでした。後で分かったことですが、僕の後ろにいた女性は日本人とドイツ人のハーフだったのですが、アメリカ国籍も有しているそうですが、名字が「Hama」なので、ハマスとの関連を疑われたそうで、なかなか通してもらえなかったそうな。テロなどで危険があってきちんと調べる必要があることは分かりますが、言われも無い疑いをもたれるのはいい気がしません。少なくともそういうチェックをする人はものの分かっている人にしてもらいたいものです。

もうひとつ面白かったのは、アメリカの入国審査。税関申告書類にサインを書きますが、僕は漢字のサインをずっと使っています。そしたら、「次からこのサインは英語でしろ」というのです。サインなんて個人の勝手だと思うのだけど。。。で、「でも、僕のパスポートサインは漢字で、それをここに書いているのだからこれでいいんじゃないのか?」と聞いたら「Hmmm, it's interesting.」といいつつサインを比べて、「Good to go.」って。やっぱ、サインは漢字でいいんじゃん、と思ったしだいです。非を認めず「おもしろい」というところにアメリカ人のおかしみを感じました。

飛行機は順調でおよそ8時間でアメリカに戻ることが出来ました。上述の女性ですが、ヨーロッパで研究をしている人だそうで、いろいろとお話が出来てよかったです。日本人としてのアイデンティティを持っていて英語が使えることに感謝しました。英語を話せると世界中のいろんな人と話せるんですね。素晴らしいことです。しかも、地球の裏側で日本人としてのアイデンティティが生きているというのは素晴らしいことだと思いました。日本人として生まれたからには、日本語をきちんと習得し、日本人として英語も使えたら色んな楽しいことがあるんだな、と改めて感じた旅行でした。というわけで、子供らにも日本語をしっかり習得してもらいましょう、と改めて思ったわけです。

帰ってくる道々、ドイツに残るKM君のためにプログラムを一生懸命作って送信しておきました。その後、ドイツでの実験でトラブルがあったと聞きましたが、もはやKM君に頑張ってもらうしかありません。頑張れ。

2008年11月27日木曜日

leaving from FRM-II

今夜はドイツ滞在最終夜です。スピンエコー実験もまだ半分くらい残っていますが、KM君を残してHEさんと僕は一足先にそれぞれの国に明日帰ります。今回の実験は、FRM-IIの強度の強さを実感した日々でした。スピンエコーのデータもきれいに得られており、今回の実験がうまくいくであろうことを示しているように思います。安心して戻れます。KM君、残りの実験よろしく頼みます。

というわけで、最後の日記は写真を見ながらドイツ滞在を振り返ってみたいと思います。


到着したころは寒くて、雪も降っていました。一番積もったときで5cmほど積もったでしょうか。雪をかぶったFRM-IIです。このころは本当に寒くて、持ってきた防寒着をすべて着込んでいましたが、それでも寒かった。特に最初は小角の実験で徹夜などしていたので久しぶりにしんどい実験でした。でも、強度も実感できて充実した日々でした。


今日は快晴で気温は低いものの、きれいな景色が見られました。晴れの日のFRM-IIです。ちなみに、卵形に見える建物が古い原子炉で手前の平屋がガイドホールで、僕たちが実験をしていたところです。

さて、実験や解析を終えれば、後は町へ繰り出します。結局ミュンヘンに3回行きました。今日が最後で、食事と散策およびお買い物をしました。ミュンヘンの市庁舎前広場のそばに、ペーター教会ってのがあって、時計台の上に上れることがわかったので、上ってみました。一人1.5ユーロでした。狭い階段で結構疲れましたが、薄暮の中ミュンヘン市街を一望できてきれいでした。夕焼けの中、遠くアルプス山脈も見えて、遠くまで来たことを実感します。その塔のてっぺんから見た市庁舎です。


前回よりはきれいに撮れたのではないでしょうか。

今回の実験はこれにて退散しますが、また来て実験したい施設ではあります。また、この施設では、世界を代表する研究者と一緒に共同研究をしており、彼らのデータに対する態度や解釈の感覚など学ぶべきことが多い研究でもあります。今後解析を進める中でまたいろいろ勉強させてもらうこともできるでしょう。結果とともに楽しみなことです。

2008年11月25日火曜日

NSE実験

昨日からスピンエコーは溶媒の測定をしていました。今日は溶媒から分解能関数の測定に移りました。明日の朝から待望の試料の測定です。楽しみ。

今日は、午前中小角散乱の実験を終了し、後片付けを行いました。その後データ解析を行い、午後からはスピンエコーのセッティングを行いました。実験は定常状態に入ったので、少し余裕が出てきました。

というわけで、夕方からミュンヘンに夕食をとりに行きました。行ったのは前回と同じ場所。今回はソーセージとビール三昧。結局食べ過ぎていま少ししんどいです。帰りの電車はごった返していました。それもそのはず。途中駅にあるサッカー競技場で午後9時ころからサッカーの試合があるそうで、ミュンヘンっ子はこぞってそこに出撃するのでした。ビール片手にわいわい騒ぎながら競技場に向かうドイツ人を見て、この人たちは楽しんでるなぁ、と実感したというわけです。

2008年11月24日月曜日

SANS day two and NSE experiments at FRM-II

小角散乱の実験を徹夜で進め、朝最後の試料を装置にかけるところでした。装置責任者がやってきて、「後一日がんばってね」と。えっ!?

よくよく聞けば、小角は二日間アサインされていたのだそうです。それをがんばって一日で終わらせようとして徹夜までしたのですが、二日目も続けることになりました。さらに本命のスピンエコーも始まります。もう頭が回りませんが、KM君が頑張って試料調整をし、実験を続けることになりました。今お昼ですが、ホテルにいったん戻って仮眠です。うーん。当日こんな話になるとさすがにしんどい。でも、KM君はたくさんデータが取れるからうれしい模様。もちろん、それは僕も同じなのですが。なにしろ、眠い。

おやすみなさい。

2008年11月23日日曜日

SANS実験at FRM-II

日曜日スタート月曜日終了の一日のビームタイム。KM君もHEさんも張り切っています。それもそのはず、高分子のコントラストバリエーション実験で、試料調整に大変苦労したもので、ビームを当てて結果を見るのが楽しみで仕方ない。実験を開始してみてしばらくしてわかったが、ここの装置はかなり強度が強い。フラックスを見ても8乗の桁に近い値だ。実際、ビーム強度は強く、散乱強度の弱い試料であるにもかかわらず、質の良いデータが得られている。今回小角実験を行っているのは、ユーリッヒ研究所で長年利用されてきた小角散乱装置をミュンヘンに移設したものである。多くの日本人も親しんできた装置である。それがすばらしい装置となってミュンヘンで利用されているのである。その装置を使うことができて自分も幸せである。この調子で行けば、明日、月曜日からのスピンエコー実験も良いデータが得られるものと期待される。

夜中にコンピュータのトラブルが発生し、装置が制御不能となってしまった。復旧するのに1時間ほどかかったが何とか復旧できた。そして、予言どおり、徹夜の実験なのである。夜中になり、冷えるなぁ、と思ったら、外は雪。今夜は積もっています。

2008年11月22日土曜日

FRM-II実験準備とミュンヘン観光

今日は朝から雪が舞いました。雪の中FRM2に行き、KM君が中心になって試料準備をしました。

少し雪をかぶったFRM2です。

FRM2への入構は少々面倒で、正門でバッチをもらい、そのバッチをスキャンして通過しなければなりません。バッチをもらうために毎回サインをしなければいけないのです。ところが、パーマネントバッチ(写真つきのバッチ)を支給されるとその手間が省けます。昨日は残念ながら間に合わずにもらえなかったので、今週末はもらえないものと諦めていました。ところが今朝行ったら、僕の分はバッチができていたので、今後その手間が省けるようになり、ちょっとラッキーでした。試料調整のないHEさんと僕はいろいろ議論をしていました。午前中に試料の準備ができたので午後はミュンヘン市内に観光に出かけてきました。ミュンヘン市中心の市庁舎広場までは電車(U-BAHN)でおよそ30分。あっという間に到着です。市庁舎前の広場に出てみると、以前訪れたときの記憶が鮮明に蘇ります。見覚えのある建物や町並み。雪だというのに行きかう人はたくさんいました。

ミュンヘン市庁舎です。もう少しいいアングルで全体像を撮影できればよかったのですが、まぁ、とりあえず撮影した、という程度のものです。

われわれはというと、広場脇にある市場?商店街?に行きいろいろと散策をしました。何かおいしいものがないかと探していたところ、お魚屋さんの脇でサンドイッチを売っているのを発見。見てみると、なんだか酢漬けの鰯か何かがサンドされているではありませんか。興味心身でおよそ2ユーロで購入して一口食べてみると。。。やっぱり生に近いお魚は、ご飯でないと合いません!パンはおいしい。お魚もおいしい。でもハーモニーが今一。残念。と思いながら最後まで完食してみると、以外にも最後にはそのハーモニーがおいしいと思えるようになっていました。味付けが濃くなく、自然な風合いなのでうまく調和が取れているようです。その次に、ドイツといえば、ソーセージを食べるため近所のお店に。6ユーロほどでニュルンベルグソーセージのセットとコーヒーを飲み、温まったところで、今度はミュンヘンのランドマークといわれる、市庁舎脇の教会へ行きました。

この教会には、悪魔の足跡が床に残っているという伝説のある教会で、ちょうど悪魔の足跡に立つと、教会の中の窓という窓が一切見えない、という造りになっていて、なかなか興味深いものでした。

この写真のような感じで、柱がたくさん並んでいます。実際にはたくさんの窓があり、きれいなステンドグラスがはまっているのですが、教会の中にある柱の陰になるようにそれらの窓が配置されているから見えないのです。一歩中に入り込めばもちろん窓はよく見えます。

その後は、明日の徹夜小角実験のための食料買出しをし、市庁舎下の食堂でおいしいドイツ料理とビールを食べて、撤収と相成りました。帰りには雪が強くなり、明日は結構積もっているかもしれません。

明日からは本格的な実験。今日はしっかり眠れますように。

2008年11月21日金曜日

ミュンヘン

ドイツ、ミュンヘンに無事到着しました。

ユナイテッドの飛行機でアメリカからヨーロッパに移動した。しかも、目的地がミュンヘンで、ミュンヘンには2001年に一度来たことがあるので、初めて世界を一周した、ということになります。空港に降り立ってみたらその事実に気がつき、少し感慨深いものがありました。今度は是非一度の旅行で一周してみたいものです。と、贅沢なことを考える。

ユナイテッドのアメリカーヨーロッパ便に乗ってみて、日本の航空会社のすばらしさが改めて身にしみました。もうすぐサンクスギビングの休暇期間に入るアメリカでは移動する人がたくさんいて、国内便も国際便もすごい人。ダレス空港で信じられないくらいの人が並んでいました。搭乗手続きに時間がかかりましたが、何とか間に合いました。さて、今回の旅行のチケットはインディアナの事務のおばちゃんに手配してもらったのですが、通路席を希望していました。受け取ったチケットを見てみると、28Eと書いてある。Eって、通路席?と思い、チケッティングのときに聴いてみたら、それは通路席だというので、安心していたら、さにあらず。乗ってみれば真ん中の席でした。なんとも腹が立ったのですが、まぁ、仕方がないのであきらめて乗りました。次回からまじめに確認しなければならないようです。なんでこのように思うようにいかないのかなぁ。。。

それ以外の旅行は順調で、チューリッヒでの乗り換えも1時間しかなかったにもかかわらずものすごくすんなり行きました。ミュンヘンの空港から目的地のFRM-IIまでタクシーで向かい、入構の手続きを済ませたのでした。しかし、今日は金曜日、というわけで事務などすべての撤収が早くて、2時ころには担当者がみんな帰ってしまう状況。タクシーでなく電車にしていたら今日中に手続きを済ますことができず、週末原子炉に入れない、ということになるところでした。まずは一安心です。原子炉近くで日本からの共同研究者とも無事落ち合えて、その後はすんなりです。

明日は実験準備で明後日から実験が始まります。FRM-IIは中性子強度が強いと聞いています。しかも今回使う装置はアメリカの研究所にあるもののお姉さん。アメリカにあるのがそれをコピーした妹、というわけで、どの程度性能に差があるのかも見極められるということもあり、実験が楽しみです。実験のネタとしては大変面白いものなので、うまくいけばよい結果が得られるでしょう。

それにしてもここは寒い。今日は雪もちらついていました。明日は本格的に降るかもしれません。写真が取れたら明日以降掲載していきます。

2008年11月19日水曜日

出張前日

朝一番で昨日の実験の片付けを行った。試料容器をきれいに洗って乾燥して元あった場所に戻す。それだけの事だが結構時間がかかる。片付けが終わって部屋に戻ったら、打ち合わせの時間となり、JSGさんと僕の部屋にぞろぞろ人がやって来た。6人で隣の装置での磁場実験の計画について話し合った。話し合ったと言っても、僕は結局少しだけしか発言せず、だいたいは西洋の方々5人で進んで行くのである。渡米当初に比べれば話し合ってる内容に置いて行かれる事はなくなったものの、口を差し挟む余裕は無い。ちょっと口を差し挟んだら、英語をとちって、言い直しになる。言うなれば、ここぞとばかりに喋りだしたら、最初の一言目で噛んでしまい、場がしらけてしまう様な、そんな感じである。ひたすら耐えるのみだ。いずれにせよ、話し合いは無事に終わった。来サイクルの実験時に少し磁場テストをする事になりそうだ。影響が大きくない事を祈るのみ。

午後は、出張準備。パソコンのセットアップ、使ってるパソコンのデータの転送等をした。論文のチェックを依頼していた物が回って来ていたので、目を通した。3編の論文のチェックを依頼しているのだが、そのうちの2編が入れ替わっていたので修正をお願いしに事務室に何度か行ったが担当者が居なかったので明日にペンディングとなってしまった。ドイツ出発日だが飛行機は午後6時なので午前中に終わらせに行く事にする。後はドイツのホテルとか訪問施設の情報とかをプリントしていた。日本から持って来た「地球の歩き方ドイツ」を手に取ってみる。98-99年版なので、相当古い。まだドイツマルクの時代である。でも、きっと参考になるに違いないと思い、一応持って行ってみる事にする。

その他、ボスと出張についての話をしたり、スピンエコーの解析ソフト開発者にソフトの修正のお願いをしたりした。今日は夕方早く撤収した。帰宅後、自宅にあるユーロをチェックしてみたら、予想を大幅に下回る、26.75ユーロしか無かった。到着地でドルをユーロに換金するつもりなのだが、大丈夫だろうか…ん?円からユーロにした方がいいのかな?ちょっと検討する事にする。

SANS実験など

今日も朝からどーーーーーーーっといろんな事が目白押しだった。

まずは、ドイツ出張に持って行く書類を忘れる前に受け取り、ドイツに持って行くパソコンのセットアップを行った。パスワード問題は解決してもらって、最低限必要なソフトのインストール等を実験の合間を縫いながらなんとか夜中には終わらせた。が、実はwindowsは殆ど使った事がないので、パソコンやソフトの使い方がよく分からず、しかも、殆ど英語で説明が書いてあり読むのもおっくうなのでちょっとやばいかも。明日AFさんにいろいろ聞いてみようと思う。

SANS実験は結局11時頃から始める事が出来た。原子炉の停止が23時半だったので、およそ12時間の測定が出来た。測定を開始してすぐに、やはりもう少し別の試料も必要だ、という事に気がつき、ZY君に装置の面倒を見てもらってる隙に試料調整をすませて、なんとか全体の流れに遅れる事無く間に合わせる事が出来た。昼食をかきこんで、測定条件やデータをチェックしながらSANS測定を進めた。予想通り、それらしいシグナルを見つける事が出来、なおかつ、思惑通りの相転移を示している事が分かった。この試料でスピンエコー実験をすれば、何か面白い事がわかるだろうと思われる。また、思っていたよりも測定条件が極限的でもなく、今のスピンエコー装置で十分対応出来る程度の範囲ですむ事も分かった。収穫の多い実験であった。その実験結果を持って、小角の担当者2,3人と話していたら、こういう実験はやっぱx線の方がいいねぇ、という話になり、なんでこの施設のそばにはx線装置がないのか、と聞いた所、「ボスに聞け」と素っ気なく言われた。多分、小角グループの人はSAXSマシンが欲しいのだが、買ってもらえない、という事のようだ。むしろ、その結果をボスに見せてx線が必要だ、と言って欲しいという風に感じた。まぁ、至極もっともだ。

その間に、ZY君の最近の実験結果を説明してもらい、まぁまぁ良さそうな結果である事が分かってほっとした。

ドイツ出張が明後日に迫っている、という事もあり、実験終了後はざっと片付けを行い、帰宅したら今(1時頃)になった。

最近忙しくしてて家族に負担かけてるなぁ、と感じてしまう今日この頃である。結局12月20日頃までなんだかんだと忙しいので、家族サービスはそれからになるなぁと思われる。って、もう11月も下旬なんですね。早いなぁ。

2008年11月17日月曜日

SANS実験と、その準備

BNLから帰って来た翌日の日曜日はDBさんとZY君のSANS実験で、僕も朝から手伝いました。この実験、うまく行かない実験だろうと高をくくっていたのですが、夜中に見に行ってみたら、何でもそれらしいシグナルが見えた、とのこと。朝まで頑張った彼らとは、今日会う事が出来なかったので最終結果がどうなったか知らないが、うまく行っていたらいいなぁ。

今日の朝は車を修理屋に持って行った。またしても、ミニバンが不調で、結局トータル$500くらい修理にかかるらしい。その上、この車いろいろ難点がある様で、全部修理したら数千ドルになりそうだ。困った。

午後から職場に顔を出したら、PBさんが、「ヘイ!お前のSANS実験、今夜だ!」と。無茶ばっかり…状況を話して、明日の朝からにしてもらう。BNL滞在中に届いていた荷物を引き取りに行き、ドイツ出張の為の持ち出しパソコンを借り、それのセットアップをしながら、明日からのSANS実験の準備を始めた。前回のSANS、BNLでのSAXS実験で、だいたい必要な実験については分かっているので、試料の状態を確認しながら、試料調整をした。

部屋に戻って、かり出しパソコンにログインしようと思ったら、アカウントかパスワードが違う、と言われ、入れなくなった。で、コンピュータ担当者に連絡して明日直してもらえるようお願いした。うーん。やっぱりwindowsを借りて行くのは無理があるのだろうか。。。

調整が終わった試料を全部試料セルにつめて、明日の実験は即開始出来る様に準備出来た。

で、今気がついた。ドイツに持って行く、記録資料をもらいに行くのを忘れてしまった。明日は取りに行かなければ…

2008年11月15日土曜日

BNL実験終了

USAXSの測定を夜中まで行い、朝、透過率のチェックをして実験を終了した。車に乗り込み、メリーランドまで走行した。

土曜日の午前中という事で混雑もそれほどひどくないだろう、という訳で、マンハッタンを通過して帰る事に。渋滞は全然と行って良い程無かったのだが、マンハッタンに入る直前に土砂降りの雨。かなり気を使いながらZY君が運転した。マンハッタンを若干走っている間は雨も上がり、久しぶりに少しマンハッタンの町並みを見た。ただし、どこにも立ち寄らず、マンハッタンを通過し、ニュージャージー、ペンシルベニア、メリーランドと走行して研究所まで戻った。帰りは6時間程だった。ペンシルベニアでは晴れていたにもかかわらず、DCに入る手前で、ここでも土砂降りの雨。NYとDCとどちらにも入る所で土砂降り、ってのは、多分かなり貴重な経験なのだろう。こんな事は一生でももう二度と無いかも。

無事に行って帰れて良かった。実験自体はまぁ、良かったのだが、うまく解析出来れば言う事無し。BNLはシカやグースの他に、ターキーもうろうろしていて、相変わらずアメリカの国研は自然が豊かだなぁ、と感じた。

2008年11月14日金曜日

BNL実験二日目

夕べは結局2時頃まで測定して、切り上げた。

この、切り上げた、というのが不思議で、日本だったら、24時間態勢で実験を続けるものなのである。今回は、ZY君が初心者であること、実験を二人で行っていること、などの理由で、切り上げることにした。ちょっと後ろめたさが残るのである。なぜならせっかく生成されているx線を有効に使わないからである。ところが、ここNSLSではあんまり夜中じゅうがんばる人はいない。文化の違いなのだろうか。よくわからない。

それはさておき、今朝8時頃から始めた実験は、結局お昼前に終了し、小角散乱部分の測定は終わった。ZY君はより小角のデータが欲しい、ということで、今度はUSAXSのセッティングに変更して、実験を続けている。測定に時間がかかるので全部のサンプルを行う訳には行かないが、できるだけ測定を続ける。

ところで、久しぶりのx線実験なので、少々感が狂っていたのか、データ解析がうまく行かない。単純にバックグラウンドの引き算をしたいだけなのだが、どうも透過率の値がおかしいようでうまく行かない。日本にいる頃は、こういう場合にどうしたらいいか、ということを周りの人に尋ねたらわかったものなのだが、ここでは聞いてもよくわからない。これは僕の英語力の問題なのか、なんなのか。

結局、TKさんと話をしているうちに何となくわかってきたのだが、それにしても正しい透過率の値を見積もれない、というのは装置として、というか、測定の仕方として行けてない。今回の僕の測定はピークがたくさんあるので、バックを引かなくてもなんとか議論できるのだが、ZY君のデータはそうはいかない。なんとかうまい解決策を見つけなければ。。。

夕食はTKさんのご自宅に招待していただいた。一軒家のありがたみや良さを感じた。引っ越しするとしたら、一軒家がいいのかなぁ、と感じてしまった。

2008年11月13日木曜日

BNL

ただいま、ブルックヘブン国立研究所にある放射光施設でx線小角散乱の実験をしています。この研究所に来るのは通算三回目ですが、実験を行うのは初めてです。ストーニーブルックのTKさんにお願いして、ビーム利用を可能にしてもらいました。13日から15日までの二日間の予定です。

12日にレンタカーを借りてメリーランドを出発し、研究所へ到着。結局運転は一緒に実験するZY君がずっとしました。合計8時間もかかってしまいました。途中で渋滞にはまったり、道を間違えたり。

到着して宿舎に入り、ネットワーク接続を試みたがダメでした。今日の午後になってようやくインターネットに接続できる環境を得ました。

実験ですが、僕の実験は当初難しいだろうと思っていましたが、意外にもすんなりと試料セットができて、ZY君の試料を差し置いて、終わらせてしまいました。求めてたものは出ませんでしたが、確実に近づいた、という感じで、メリーランドに戻ってから中性子を使って最終実験をすれば求めているものが見つかるのではないかと思います。それができれば、12月のスピンエコー実験は予定通り行えそうです。

久しぶりのx線の実験ですが、正直言って、楽しいです。やっぱりたまには中性子以外のものも使わないと。特に僕の今回の実験はどちらかというとx線向きなので、よりやりやすいのでしょう。ここの施設も使いやすいですし、今後ちょいちょい通ってこようかな、という気になりました。

研究所の周りには何にもなくて実験以外にすることはありませんが、楽しく過ごせています。今夜はこれからZY君の実験の1/4を終わらせて宿舎に帰る予定です。

2008年11月11日火曜日

veterans day

今日はベテランの日。国立研究所はお休みです。でも、僕の雇用主インディアナ大は休みではありません。という事で出勤日です。とはいえ、どちらにせよ、明日からの出張準備で出勤の予定だったのですが。

午前中は、BNLでの実験について最終検討し、実は、もう一種類試料があったほうが良い事に気づき、試料調整した。

午後は、MKさんとdiscussion。新しい事を始めるのはなかなか難しい事である。うまく行く事を祈る。

夕方は早めに撤収して、息子の学校で先生と面談。帰宅後出張準備をした。

2008年11月10日月曜日

準備

午前中、週末に取り貯めたスピンエコーデータの解析をする。一通りの解析がほぼ終わったその時である。ソフトウェアが死んだ。その結果、すべての解析結果がなくなってしまった。横で見ていたAFさんがその後を引き継いで(?)一から解析をしてくれた。

午後、明後日から行くSAXS実験およびその後にあるSANS実験の為に、試料調整をした。また、ZY君と実験の打ち合わせを行い、さらに、TKさんとも実験の打ち合わせをしておいた。

スピンエコーは今日からJSGさんが実験を開始する事になった。

2008年11月7日金曜日

レポート

午前中はデータの解析と来週以降の出張についての対応をしていた。

相変わらず、出張等の手続きが遅くていろんな人に迷惑をかけている。人間簡単には変われないものだなぁ、と実感する。

午後は、最近測定していたスピンエコーデータについてレポートを書いた。JSGが週末にレポートを書こうかな、と言っていたので、とりあえず書いたよ、と渡しておいた。多分週末に英語チェックしてくれる事でしょう。

最近の装置のマイナーな頻繁におこるトラブルを解消する為に、NMさんがいろいろ検討して、新しくGPIBコンバータを導入する事にした、ということで、プログラムの変更等を行い、今日新しくインストールした。新しいGPIBコンバータは動作も速い様で気に入った。午後からずっと測定しているがエラーの連絡が来ない。これは問題が解消した、という事かもしれない。週末ずっとテスト測定を続ける。新たに、沢山データも出てくるし、今の装置の問題点を総洗い出しで着ると思われる。

2008年11月6日木曜日

1μs

朝同室のJSGが、メールを見ながら、「うぉぉ〜」と言う。何かなぁ、と思って聞いたら、フランスのスピンエコー装置でとうとう1μsのデータを観測した、というのである。いよいよスピンエコーが本格的に1μsの世界に入る、ということか。それにしても、どんなデータなのか、早く見たいものである。

午前中はスピンエコーデータの解析。ようやく、磁場の影響の全容が分かって来た。結局おかしな振る舞いをしていたのは、試料のせいらしい。磁場は確かに影響あるが、実験を継続する事は可能だ。一つバグもなくなったし、まぁ、収穫はあったのではなかろうか。

KS君の残して行った試料の片付けをした。

午後は来週X線の実験をしに行く研究所のwebトレーニングを受けた。これは、放射線や安全について資料をみてから最後に質問に答える、というもの。資料の量も半端じゃない上、設問も結構難しい。まじめに資料を読まないと答えられない。試験に合格する為にはある程度点数をとらなければならない。結局、一つ目は85点、二つ目は87点でなんとかクリアできた。それにしても難しかった。

それと、来週の実験と再来週のドイツの実験の旅行の手続き等を行った。

また、昨日になるが、波紋の原稿を担当者に送った。1μsの話題も書き加えようかなぁ…

2008年11月5日水曜日

SANS実験

月曜日の夜から火曜日の朝にかけてKS君のSANS実験でした。PBが気を利かしてくれて、半日のビームをくれたのでした。KS君本人は、火曜日のフライトで帰国する事になっていたので、overnight runのセットアップをした後はホテルに戻り、今朝は丁度virginiaから来ているMKさんが同じホテルだという事で、駅まで送ってもらって飛んで帰った事でしょう。実験は朝まで続き、最後の温度の測定がすべての試料については出来なかったけど、まずまずの結果だと思われる。

今日は、というわけで、SANS実験とその片付け(試料の片付けは明日にペンディングしたが)、NSEデータのチェック。

NSEは隣の装置の磁場について調べている訳だが、やっぱり定常磁場がかかっている分には問題ない、というのが結論のようだ。装置の再調整は必要だが、それ以外は影響を与えていないようである。先日得られたおかしなデータについては今の所説明不能。また、このチェックで一点おかしな事があったので、その原因を追及して解決した。昔からあった一つの問題を解決した(はず)、ということで、見つかって良かった。データを見ながらNSE teamメンバーで話し合い、もう少しテストを継続する事にした。

午後はNSEデータとSANSデータの解析を行った。とにかく沢山データがあるので一通りさばいた。夕べが遅かったので今日は早めに撤収した。

夜早めに寝たら、夜中に目が覚めたので、ドイツ行きの手続きを行った。よく分からないけど、多分うまく言ったのだろうと思う。2-3日中にあちらから連絡が来る事を祈る。まだ、インディアナのボスが旅行についての許可を明確にしてくれないので飛行機はそれがもらえ次第行うつもりで下調べは済んだ。

今日はアメリカ大統領選挙、ということで、夜中でもずっと選挙速報を放送している。新しい大統領が良い政策を展開してくれる事を祈るばかりである。

2008年11月1日土曜日

Haloweeeeen

今日はハロウィンの日。早く家に帰って、子供達とカボチャ彫りとか、trick & treatとか、したいなぁ、というわけで、本気で早くお家に帰りたい日。

相変わらず、スピンエコー装置のトラブルシューティング。隣の装置で磁場がかかっている条件で、試料の測定結果が出た。ん?普通じゃん?もちろん磁場の影響はあるので、装置の調整は必要なのだろうが、なんだか、先日見た問題はその磁場の影響ではなさそうな感じ?うーん、悩ましい。

高圧学会誌の原稿は、担当者に送信した。が、返事が来ない。受け取ってないのだろうか。若干不安。うちの研究所の検閲にかける為、ボスやらいろんな人に相談して、読んでもらう人を決める。日本語読める人を捜すのはなかなか大変な事だ。ついでに、波紋の原稿についても投稿はしていないけど、検閲用の読者を決めて、検閲に提出。結局、3本の論文について検閲を依頼した、というのは昨日の話。

さて、MacBook Proのその後はというと。コンピュータをばらしてHDDを取り出してくれたDLさんがとりあえず、メモリを取り外してみた所、普通に動いているようだけど、、、と言って来た。えー?メモリ?そんな馬鹿な、と思いつつ一応引き取って様子を見る事にした。CPUを結構動かす様な計算をさせてみたりしたが、ダウンしない。えー?メモリが悪くてあんなことが起こったのかなぁ?とりあえず、停止するかどうか動かしながら様子を見る事にしているのだが、今の所ダウンしない。すると何ですか?メモリが壊れてた、という結論でしょうか?メモリを買ってもらって追加してみるしかないなぁ。まぁ、動いている事は良い事なのですが、不安は拭えないので、まだ今の所借りてるMacをメインで活用中。でもきっと、MacBook Proに戻る気がする。

そんな中、次のプロポーザルラウンドの申請書き。自分のと、KS君のと。自分のはだいたい終わったけど、KS君のはまだ修正が必要という事で週末に書き直してもらう事にした。それ以外にも、YSさんから申請出す、という話が来たりしたので、内容チェック等をしていた。

そして、問題の装置の動作チェック。結局、これは時間がかかるので、午後6時頃までいろいろ条件を変えながら測定を行い。6時頃over night runをかけて終了。週末は、ZY君に装置を任せて測定をしてもらう事にした。今までの測定の結果、隣の装置の磁場は影響はあるけど、問題のないレベルらしい、という結論に至った。では、あのおかしな現象は何だったのだろうか?それについては結論出ず。

ストーニーブルックのTKさんから電話があり、次回のSAXS実験について少し打ち合わせを行った。その中で、僕の試料の測定はちょっと難しそうだ、という事が分かった。いくつか試料は持って行くが、ZY君の測定がメインになりそうだ。という事は、12月の実験前にSANS実験を行わなければならない、という事になり、少々焦り気味。でも、何とかなりそうな日を見つけたので、後はアメリカならではの、ネゴシエーション、にすべてをかける事になりそうだ。

と、いろいろあった一日であった。夕方帰宅後自宅による事なく、近所の家々を回って子供達がお菓子をもらった。最後に、明日ゴルフに行く知り合いに、借りてるクラブを持って行った。僕も行きたいが、明日は行けない。残念。

2008年10月29日水曜日

SANSとNSEと論文書きと

今朝は早めの出勤で、SANSのご機嫌伺いかつ、時間調整を行い。9時40分まで測定した。NSEは相変わらず隣の装置の磁場の影響チェックの為のテストを行っている。時々試料交換をして測定をかける、というのを繰り返す。

本格的に高圧力学会誌の原稿がヤバいという事で、夕方頃からしっかりと原稿に向かって修正をした。現在の研究所の所属も加える、という事になったので、それにあわせて、誤差の表示とか細かい点を修正。パソコンが変わったので少々手間取りながらもなんとか図の変更が終わった。また、原稿も共著者のコメントを入れて修正した。再校正が出来ないままに帰宅の時間となったので、原稿を共著者に送り、自分も自宅で原稿を読む事にした。読んでみると、なんか、おかしな日本語がいっぱい。明日はまた修正だ。明日中には提出出来る様に頑張る。

それが終わったら波紋の原稿の仕上げと、次のプロポーザルラウンドの締め切りに向けて、自分の申請書を完成させなければ。

突然SANS

午前中は、KS君の論文原稿に目を通して、少し議論をしたりしていた。午後になって高圧学会誌の原稿を修正していたのだが、夕方から原子炉が起動するからスピンエコーの実験の準備等を始めたので、原稿は殆ど修正出来ずじまいだった。夕方、ガイドホールを歩いていると、小角散乱の人が一晩実験出来る試料を探しているらしい、という噂を聞いたので、PBにその旨聞いてみると、確かにそうらしい。というわけで、KS君に実験する様に言う。どんな測定をするかを決めて、試料準備、装置準備を始める。スピンエコーも立ち上げて、突然忙しくなった。今週はなんにもなく平穏に過ぎるはずだったのに…

スピンエコーは前もって準備もできていたのでそれほど問題もなく立ち上がった。小角は装置を立ち上げてもらいながら、立ち上げの手順等を見ていた。日本でやっていたのとそれほど違わない。で、8時頃から測定開始となった。いくつか問題点もあったのでそれらの対処をし、朝までのシークエンスをかけ終わったら12時を過ぎていた。

夕方からとんでもなく忙しくなった一日だった。

パソコンの方は、無事にHDDを取り出せたとの連絡があった。明日受け取ってバックアップをとる事になるだろう。

2008年10月27日月曜日

MacBook Pro

アメリカに来た時に、今のボスが買ってくれたMacBook Pro。今2年半使った事になります。この間、batteryを二回交換、電源アダプターを一回買い替えました。それ以外は、本当は、OSの再インストールをした方が良いんだけど、と思いつつ、無事に過ごしてきました。昨夜、娘を寝かす為に早めに就寝。そのため3時頃目が覚めてしまい、パソコンで遊んでました。すると、電源が突然切れる、という現象が発生。起動する。しばらくするとまたダウン。という事をしばらく繰り返す。本格的にヤバいと思い、いろいろそれらしいトピックスを別のパソコンで検索するも、全く同じ症例は簡単には見つからない。取りあえず、動いてる間にウィルスチェックとかしてみた。でも、途中でダウンする。調べてみると、どうやら、Logic boardか電源周辺の問題、つまりhard wareのトラブルらしい事がだんだん分かってくる。その頃夜があける。

とにかく出勤。どうしても必要なファイル(書きかけの原稿とか)を救出。先週末に測定したデータについてスピンエコーチームで議論。でも、僕のコンピュータが使えないので、細かい解析とかできない。欲求不満になりつつもなんとかかんとか結論めいた物にたどり着いたら、お昼になっていた。昼食後、近所のAbsolute Macというお店に行く。相談すると、やっぱりlogic boardかpower supplyだろう、ということ。この症状だと、Apple Careに送った方が良いとのこと。しかし問題がある。Apple Careに送るとHDDの中身が消えてしまう恐れがあるからバックアップしてあるか?という。全部は取れてないんだよなぁ…。お金もかかるみたいだし…。というわけで、一旦引き取って、職場に戻ってcomputer guyに相談してみることにした。すると、HDDを取り出してback upをとってみる、との心強いお言葉!当面、windowsでよければパソコンも貸し出すよとのこと。なので、後は任せてそれに乗っかる事に。彼の部屋から出ようとしたそのとき。思い出したかの様に、「あ、ちょっと待って!」「そういえば僕Mac持ってるよ」というわけで、僕が使える様に黒MacBookをセッティングしてくれた。wordやAIなども既にインストール済み。後はtexとigorとdaveをインストールすれば一通り使えそう!

というわけで、なんとか当面は生き残れそうだ。それにしても、修理するのかな?もしかしたら、新しいの買ってもらえたりして。買うんなら何にしようかな、と密かに調べ始める僕であった。

2008年10月23日木曜日

磁石

ここのところ、風邪をひいて体調を崩してしまい、夜は早寝をしていたので更新できずにいました。まだ完調にはなっていませんが、まぁ、随分良くはなりました。

今日の出来事をば。

実は昨日、とてもおかしなことに気がついた。今、ガイドホールはno magnetのはず。これは、スピンエコー装置が磁場の影響を受けやすいから磁場変化が完全にないようなサイクルをいくらか作りましょう、という申し合わせの上に出来たルール。昨日磁石を持って歩いていたら、スピンエコー以外のソースからびんびん磁場を感じるじゃないですか!最近、データがおかしくて、装置が壊れたのかと思っていたところ、誰かが磁場を出している。よくよく聞けば、4Tほど横磁場がかかっていて、しかもそれがスピンエコーから数メートルしか離れていない!あり得ない状況。これまで、本当に微弱な磁場変化に敏感になっていたのに、全く無視して突然どーんと横磁場かけられたらたまりません。でも、一定磁場だから良いじゃない?という風に思っている人もいるらしい。全然だめなんだよねー。

ということで、今日は少しテスト測定を実験に混ぜてもらったりして、影響についてチェックしたりした。はっきりとした事は言えないのだが、影響がある事はわかりそう。ということで、明日の話し合いではそれを使って影響ある事をはっきりと伝えなければ。

それ以外の時間は、高圧学会誌の原稿、波紋の原稿、KS君の論文原稿の修正を行ったり、ZY君の実験データ解析やdiscussionをしたりした。風邪ひいて本調子ではないもののやらなきゃならん事が一杯あるのであんまり休んではいられない。

2008年10月16日木曜日

いろいろ

午前中、ZY君の実験の経過について打ち合わせる。どうも、うまく行っていない。何が悪いのか、というのは大体わかっているのだが、それは装置の限界を意味している。どうしたものか。試料を変えてみてはどうか、とアドバイスする。夕方までに、論文をいろいろ調べて持って来たが、やはり、装置の限界を超えたものが多い。なかなか光明が見えてこない。

スピンエコー入門の原稿についてコメントを求めていたのだが、それに対する返事をもらっていた。でも、忙しくしていてゆっくり見られなかったこともあってお礼のメールをまだ書いていなかった。ということで、それに返事を書き、コメントを見て、修正について考え始めることにした。

高圧学会誌の原稿は何となく書けて来ているのだが、どうもシックリ来ない。そこで、図などをきちんと作って、共著者に送ってみる事にする。とはいえ、皆忙しいので、お忙しい方には最後に見てもらうことにして、原稿を送り、コメントを貰うことにした。それに伴い、来週月曜日の締め切りには間に合いそうにないので、担当者にその旨連絡した。

KM君の論文をPRLに投稿したと連絡があった。うまく行く事を祈る。

KS君の論文原稿を受け取り、いろいろコメントを記して返した。また、彼の先日のSANSデータの取り込みなどをした。

AFさんによれば、スピンエコー装置に若干トラブルがあるらしい。今週日曜日から僕が担当する実験が始まるのだが、夜中におこされるはめになりそうだ。早く治ると良いのだが。

2008年10月15日水曜日

高圧SANS実験

昨日から今日にかけてNG3で小角散乱の実験でした。KS君の加圧下臨界現象の実験。立ち上げは順調にいき、夜までは順調に行っている様に見えたのですが。途中で一度圧力のリークがあって、その後試料がおかしくなったようで、昨晩一晩頑張ったKS君の努力は徒労だったかもしれません。朝電話でおこされて、試料交換に向かい、最終的には1.5時間程でそれなりのデータを取る事ができました。いやぁ、焦りました。

一方、ZY君の実験はやはりまだ光明見えずで、なかなか苦しい所です。

そんなわけで、昨日から今日にかけてはほとんど実験でした。

今日の午後義弟妹がヒューストンへ帰って行きました。娘と同じ年頃の姪っ子と娘は仲良くなり、彼らを空港に送った後で、歩きながら、「なんだか涙が出て来た」と言った時には、僕がうれし泣きしそうでした。どんどん成長しているんだなぁ。

2008年10月13日月曜日

コロンバスデイ

アメリカの祝日はいろいろと不思議な感じです。

今日は、コロンバスデイでした。私の行ってる研究所はお休み。でも、雇用先の大学は休みではない。というわけで、今日は僕にとってはお休みではないけど、研究所の中は割と閑散としている。まぁ、そんな感じ。

で、朝から、AFさんが担当している実験の立ち上げを少し手伝い、いくつかアドバイスをした。
ZY君が朝から実験をしていたので、それの経過をいろいろチェック、アドバイス。しかし、最終的にうまく行かなそうな実験だなぁ、と言う感じ。
KS君の実験準備と、論文構成の話し合い。
自分の論文構想の打ち合わせをAFさんと。
インディアナ大学への報告書についてJSGさんと打ち合わせ。

など、まぁ、いろいろ打ち合わせたもんだ。

論文書かなきゃなぁ。。。

ところで、今日ヒューストンに帰る予定だった義弟妹は、義弟の風邪に伴い、延期となり、水曜日までいることになりました。

2008年10月11日土曜日

義弟妹来る

午前中、ZY君の実験についていろいろ打ち合わせたり、手伝ったり。
KS君の実験の打ち合わせ。
高圧学会誌の論文執筆。
AFさんとNSEの立ち上げについて打ち合わせ。
CKさんの学生さんとSANS及びNSEについてアドバイス。

中性子の施設ではガイドホールの拡張計画がありますが、10/10の金曜日には起工式がありました。Ground breakと言って、建物建てる所の土地にシャベルを入れる、というもの。最近我々の施設のdirectorになったRDさんの挨拶に始まって、最近我々の研究所のdirectorに昇格したPGさんの挨拶の後、元directorのJLさんのお話も聞いた。その後、PGさんとRDさんがGround breakして、皆で着工を祝した。

夕方、ヒューストンに住む義弟妹家族がDC観光にやって来た。空港まで迎えに行ったが、超渋滞で参った。ナントカ無事迎えも終わって良かった。彼らは土曜日DC観光、日曜日は我々と一緒に観光して、月曜日にヒューストンに戻ることになる。

2008年10月9日木曜日

ノーベル文学賞

ノーベル文学賞がフランスの作家、ル・クレジオ(ジャン・マリ・ギュスターブ・ル・クレジオ)さんに授与されたそうです。勿論これについては何の蘊蓄もありません。。。はい。

ただ、ノーベル文学賞があるのなら、ノーベル音楽賞やノーベル映画賞があってもいいよなぁ、と思ったりして。

さて、ここ最近は物書きに勤しんでいるわけですが、今日は、

高圧学会誌の原稿書き
共同研究者の論文読み、コメント送り、BHさんに英文校正依頼
KS君の論文の進行具合チェック
ZY君の実験についての打ち合わせ
AFさんの小角散乱データ解析

などを行ないました。この中で最も力を入れたのが高圧学会誌の原稿書き。元々HSさんに打診されて書き始めたもので、最初は何書いていいかなかなか決まらなかったのだが、ようやく決まって来て、進む様になって来た。ただ、特集号の内容としてこれで良いのかどうか、若干悩まないではない。まぁ、兎に角締め切りの20日までに頑張って仕上げねばならぬ。

文学賞取れるくらいの文才があれば、悩まないだろうになぁ、と無い物ねだりの毎日である。

2008年10月8日水曜日

ノーベル化学賞

二日連続でノーベル賞のことについて触れるなんて、今まででは全くあり得なかったなぁ、と思いつつ。

今日は化学賞の発表で、見事、アメリカで長く研究を続けている下村さんが受賞されました。クラゲから蛍光物質を抽出して、蛍光タンパクを同定した、ということらしい。若い頃に頑張って85万匹のクラゲを捕まえて、蛍光物質を抽出したそうだ。

これって、何年かかったんだろう?とふと疑問に思った。今の時代、数年間をこのような事に没頭したとして、その研究を認めてくれる土壌があるだろうか?ということを考えた。とかく研究成果を求められる昨今。成果がなければ研究費ももらえる事もなく、周りからは成果を求められる。そんな逼迫した状況でそんな余裕のある行動なんてできっこないなぁ、と思えてならない。

日本を飛び出してアメリカで研究し、一度は助教授として日本に帰りながら「日本では好きな様に研究できないから」と言ってアメリカに戻ったそうだ。そして、今回の受賞。昨日の南部さんの言葉を聞いていたからでもないと思うが、日本の研究環境に比べるとアメリカの研究環境は、確かに何でも好きな様に出来る。

何故これほど違うのか?ノーベル賞とった人と比べちゃダメだけど、もしかして、僕ももし日本に帰ったとしたら、そう思ってしまうのだろうか?

日本の研究環境については、もう一回良く考え直した方が良さそうである。さもなくば、ますます「頭脳流出」が止まらないであろう。まして、海外から優秀な人材を日本に根付かせるなどと言う事は、かなり難しい事と心得るべきだと思う。

で、結局、海外から日本に来る人を優遇して、日本人を冷遇するという研究環境になって行く。

という、愚の骨頂だけは見たくない。

2008年10月7日火曜日

ノーベル物理学賞

今年のノーベル物理学賞は日本人三人の共同受賞ってことで、新聞を見ていると日本はかなり盛り上がっているようですね。アメリカでも「今年は日本人三人だな」とか、声かけられました。やっぱりノーベル賞は注目度が高い(って、当たり前か…)。三人のうちの一人はアメリカ国籍なんですね。日本で若くして教授になった後、渡米してアメリカできちんと立場を作った人。そして長年アメリカで過ごし、ノーベル賞までもらった。

比べちゃ駄目だけど、翻って自分を見てみる。
うーん。まだまだナーンもしてないなぁ。

新聞情報ですが、南部さんは言っています。アメリカは自由があると。確かに研究環境を考えると自由である。あんまりしがらみもない。やりたい放題と言えばやりたい放題。これって、慣れると多分病みつきになって、日本の様にしがらみが多いのはしんどくなるのかなー。と考えたりする。まぁ、どっちにも良い所も悪い所もあるわけで、何処が良いとかそんな贅沢な事は考えず、必要とされる所で精一杯頑張れと言う事だろうなぁ。まぁ、初志貫徹ってことで今後もそんな気持ちで頑張ろう、と。

ノーベル賞受賞発表の後でこんな事考える様になるなんて。僕も研究者になったんだなぁ、と思った今日でした。

いずれにせよ、今年のノーベル物理学賞は、とるべき人がようやくとった、ということで、目出度いなと。

2008年10月6日月曜日

原子炉起動日

今日は久しぶりに原子炉起動日です。日本に行って以来ですから、およそ2ヶ月ぶりの中性子。でも、スピンエコーは実験が出来ないのでまだ停止中。速度選別器起動して、過去のファイルを圧縮して、本日の作業終了。

午前中は、先週末に貰った宿題の続き。お昼前にリーダーに送った。

午後は、圧力学会誌の原稿書き。でも、なんだか余り気分が乗らない。ストーリーもはっきり決まらない。うーん。このまま消化不良をおこしながら書くことになるのだろうか。不安だ。でも、兎に角締め切りも近づいて来ているし書かなくっちゃ。

夕方散髪に行き、職場に戻ってからKS君と議論。論文書きの方向性について話し合った。大分練られて来た気がする。後は、うまく文章になると良いのだが、これがなかなか難しいのである。

2008年10月3日金曜日

磁場テスト

隣の装置がコイルの配置を変えたら、うちの装置が影響受けるじゃないか。

というわけで、どんな影響を受けるのか調べることになり、今日は朝からその作業。隣の装置に磁石乗せてもらって、うちの装置を操作しながら、磁石に電流流して、前回測定した様に調べてみると…

今まで見た事もないような大きな変化が見られてしまい、しかもそれを補正できない。何で?なんで?なぜー?

全く理由も見つかりやしない。と言う事で諦めました。今日は諦めました。これではどうにもなりません。どうやったら調べられるのか全くわかりません。AFといろいろ相談しながらやってみたが、二人とも撃沈。解決策が見つかりもせず困ったものです。暫くペンディングにして考えなければ。

さて、そうこうして夕方メールを見てみると、10/1に締め切りとしていた原稿の提出をお願いしますよ、というチームリーダーからのメール。そこに、僕の名前を発見。ん?こんな話知らない。ヨーク見てみると9/3付けで同じメールが届いている。が、そのときは出張などで余りまじめにメールを見てなかった頃。特に横文字は斜め読みしていたんだっけ。。。というわけで、完全に見落としていました。直ぐリーダーの所に行って、謝罪。ということで、自宅に戻って今日は一生懸命お勉強かつ文章書き。最近文章ばかりかいてるから少しは早く書ける様になったのだけど、なかなか大変だった。月曜日まで待ってくれることになったので、週末のうちにナントカ書き上げなければ。

2008年10月2日木曜日

入門講座

今日も朝から原稿とにらめっこ。最近実験やってないなぁ。。。

午前中は、AFさんの原稿を再度読んで、いくつか書き込みを入れて彼に渡した。

午後は、スピンエコー入門講座の原稿を再チェックして、長さを整え、意見を貰うために先達に送った。コメントを待つとする。

その後、KS君の論文について議論をして、一緒に中華料理を食べに行った。四川のお店で辛いのが美味しいお店。二人で泣きながら食べた。

2008年10月1日水曜日

もう10月

早いもので、もう10月になりました。今年も残り少なくなってきました。

さて、今日も朝から原稿の修正とAFさんの論文読み。AFさんの論文はしっかり書いてあっていいと思う。いくつかコメントを伝えて細かいところは明日原稿を渡すことにした。

自分の原稿は、随分減らすことができた。後少し1/4ページ程減らせば許容範囲ではなかろうか。その後はその原稿をいろんな人に見てもらうのだ。

VirginiaのMKさんが来ていた。今日からイギリスに行くらしい。その前に何か調べものか忘れ物で来ていたようだ。飛行機の時間が迫っていると言うのに、いろいろ日本での出来事などを教えてくれた。その後、バタバタと慌ただしく空港へ向かったようだ。また今度きた時にゆっくり話をしよう。

帰り際PBがやって来て、装置の事で少し打ち合わせをした後、妻が英会話教室に遅れない様に帰宅した。

帰宅後は子供たちと少し室内テニスをして遊んだ。

2008年9月30日火曜日

原稿書き

昨日ようやく一本論文が投稿できたわけだが、まだまだ抱えている原稿が沢山ある。そのうちのスピンエコーの原理を説明する入門講座の原稿は或る程度仕上がって来たのだが、少し長過ぎると言う事なので、短くしなければならない。文章を見直して消せる所を消してみたのだが、まだ1ページしか減っていない。もっと減らさなければ…

AFさんが彼の論文原稿を持って来て、読んでコメントを欲しいと頼まれた。ので、夕方はその論文読み。

娘のPre schoolで説明会がある、と言う事で夕方早めに仕事を切り上げて参加した。教会がやっているpre schoolなので、最初の全体説明は教会のサンクチュアリであった。その後教室に別れて先生からの説明を聞いた。その中で、娘の名前が何度かでて来て、普段楽しそうにしている様子が分かって良かった。彼女は長男に似て物怖じせず楽しんでいるようだ。回りは英語をしゃべっている環境でちゃんと友達も出来ているようで、とっても嬉しい事である。

2008年9月29日月曜日

論文投稿

朝から、論文とにらめっこ。

先ずは、共著者に回すの待ちの論文。もう一度読んでみたら、いくつかおかしなところがあったので修正。そしてまたペンディングに。

先週英語チェックをお願いしていた原稿が帰って来た。結構たくさん修正があった。昼食後くらいまでかかって直して、日本時間の30日が締め切りなので、全体を見直してから投稿した。

午後からはKS君との打ち合わせ。彼には基本的に原稿を書いて持ってくる様に言っていて、時々様子を見ている感じ。

夕方になって、ZY君がやってきた。彼の論文は彼のボスが持っていて、まだ投稿に至らない。兎に角投稿してみれば良いと思うのだが、なかなか投稿できないらしい。何故だろうか。いくつか疑問点をZY君に聞いてみたが、合点の行かない事もある。やはり彼のボスと直接話し合わなければならないだろう。

その他、オフィスメートが出張から帰って来て、AFとともに、NSEチームメンバーが揃ったので、いくつか懸案事項を話し合ったりした。

2008年9月26日金曜日

Spin Echo SANS

今日は、朝から表題の装置の原理を勉強した。が、理解するに至らなかった。。。まだまだだなぁ。。。

いろいろと溜まっている原稿について考えていた所、ほぼ完成している一編の論文を発見した。読み返してみた。少し表現に問題があるところがあるが、まぁまぁ行けてるじゃん、ということで、それを少し修正。共著者に渡したいのだが、今、共著者は自身の論文で手一杯。彼のテーマは基本的な疑問に対するもので、多くの研究者が考えているにもかかわらずなかなか答えがはっきりしない分野。と言うこともあり、彼は今、deep thinkingの最中なのである。ここで、もう一編の共著の論文を渡すのはちょっと悪いなぁ、と思って今日彼に渡すのはやめた。もうすぐ彼の論文原稿も完成する。それを待ってから渡す事にする。

KS君は時差ぼけだ。

ZY君は、インディアナのボスと連絡が取れないと嘆いている。何故連絡がつかないのだろうか…。謎。

スピンエコーの原理の原稿は、ちょっとペンディング。
圧力効果の話は、全く原稿書きが進まない。。。ヤバい。
その他の原稿に至っては見る事も出来ない。。。本当にヤバい。
KS君の論文は、進んでいるのだろうか…

心配事が多い中、週末である。週末は天気が悪いが、ゴルフの練習へと勤しむのである。そして、子供たちとテニスの練習。彼らにテニスを仕込むことになったのだが、僕程度のレベルで、”仕込む”事が出来るのであろうか。謎。

2008年9月25日木曜日

打ち合わせ

今日は朝からKS君と打ち合わせ。彼の滞在中にする事を話し合った。

基本的には論文を書く事、なのだが、彼は沢山面白い結果を持っていて、どれをどのようにまとめるか、と言うのがなかなか難しいのである。うまく交通整理が出来れば良いのだけれど。いずれにしろ、しっかり議論しながら進めて、良い論文をまとめることができるといいなぁ。

それ以外には、共著者から帰って来たコメントを論文の原稿に反映し、英文添削を同僚に頼んだ。週末に読んでくれることになった。提出の締め切りが来週なので、なんとか間に合いそうだ。

2008年9月24日水曜日

入国トラブル

K大のKS君が今日から40日程滞在するためにやってきました。今回の彼の目的は、前回ここで実験して得たデータの追試と論文執筆です。彼は、K大が学生を海外に派遣するための基金に応募し、自らその渡航費を獲得してやって来た、というわけで、これだけ見ればもう一端の研究者のようである。

と感心していたわけなのだが、今日到着した彼から入国の際のトラブルの話を聞いた。我々の研究所で実験を行うためには、必ず、business tripの扱いにしてもらって入国する必要がある。以前ORNLを訪問した時彼はそれで失敗しているから、この点については問題ない、と思っていた。ところが、このビジネスでの入国でトラブルになった、と言うのである。話を聞いてみれば、ビジネスだと言ったら、入国審査官に怪しまれた、と言うのだ。何故だろう?確かに彼は少し風貌が怪しいし、挙動不審に見ようと思えば見えない事もない(KS君ごめんね)。ただし、そんなに変なやつではない。もっと怪しいやつは世の中に五万といるはずだし、そんなに怪しいはずはない。

「ビジネスとはどんなビジネスだ」
『研究者だ』
「怪しい。どんな研究をしているんだ」
『xxとxxを混ぜたときの臨界現象を中性子散乱を使って研究しているのだ』
「怪しい。ちょっと来い」

というわけで、別室に連れて行かれたらしい。聞いた事ない話である。

別室でもいろいろ問いつめられたらしい。ただ、勿論彼にはやましいことはないので、研究者だ、実験のためにきた、と言う事をしつこく繰り返していたらしい。

よくよく話を聞いてみると、審査官が気にしていたのは、「お金」の事らしい。それで納得した。

一ヶ月も研究のためにやってくる彼はどこからお金をもらうのか?

これが審査官の疑問だったのだろう。そしてKS君はそれに対して答えを言わなかった。もし、そのお金の出所がアメリカ国内の研究所からだとしたら、それは、きちんと就労ビザなり交換留学生ビザなりをとってこなければならない。それを審査官は問うていたのだろう。

つまり彼はこう答えれば良かったのだ。

自分の渡航費と滞在費は、K大がサポートしてくれています。その証拠はこれこれです。

これなら、きっと審査官は何も言わずに通してくれたはずです。

なるほどなぁ。きちんと審査してるんだなぁ、と思った出来事でした。いずれにせよ、もしかしたら強制退去になるかもしれない所を、審査官も納得してくれて入国させてくれたわけで、運が良いのやら悪いのやらよくわからないですね。

2008年9月23日火曜日

4時間に一回

昨日スタートしたスピンエコーのダミー測定。午後7時頃止まってました。今朝リスタートしましたが、お昼過ぎに止まってました。再スタートしましたが夕方止まりました。そして再スタートしました。さて今日は何時まで動いているでしょうか。こんな状態ではとてもじゃないが実験など出来ないではないか。困った。

と言って、日本だったら僕が治さなければ行けないわけだが、コチラでは、僕が治すと言うわけにはいかない。プログラムとハードウェアの相性の問題だと思われるのだが、先ずはプログラマに治してもらう、と言うことになる。彼が忙しい人なので、なかなかすっと治してもらうことができない。この辺は少し難しいところだ。とはいえ、まだビームがでるまでは少し間があるのでそれまでに治る事を期待しよう。

それ以外の時間は、スピンエコーの原理の執筆を続けた。随分全体の見通しも立って来た。最後のトピックはかなり勉強しなければならないので論文検索と論文読みなどにもいそしんだ。

2008年9月22日月曜日

執筆

最近文章書きにおわれています。今年中の締め切りと言う原稿が沢山あって、全て間に合うかどうか、自信がありません。そのうち二つは日本語で書くのですが、割としっかりと説明を尽くさなければいけない感じで、大変そうです。英語の論文もあるんだけどなかなか手が回りません。さらに、共同研究者の論文も。読めてなくてごめんなさい。

今日は、そのうちのスピンエコー入門講座の原稿書きをしていました。もう大分書いたのですが、まだまだ書く事があって、ちょっと分量が多くなりすぎる感じで、多分後から見直して削除しなければいけない事が沢山でてきそう。でも、兎に角全体を通して書いてみないとどんな感じかわからないので、今はひたすら書きまくっています。入門講座なので、僕もかなり勉強しなければならず、わかったつもりで余り深く吟味していなかった事などをおさらいしているような状態です。

また、今日は装置の立ち上げも行いました。久しぶりにダミーの測定を行っています。前のサイクルの終盤、僕が日本に居る間に、電源のトラブルが沢山発生していたようで、その確認も含めてのチェック測定です。案の定、最初なかなか立ち上がらず苦労しましたが、最終的には立ち上がって、ダミーの測定を始められました。

来サイクルの小角散乱のビームタイムについてSKとAFらと相談して日程をフィックス。ビームタイムリクエストを提出した。また、今週からやってくるKS君の入構の手続きで若干新しい手続きが必要だとの連絡があったので、詳細がどんなものか聞いておいた。

週末にNSFのグラントに共同研究者として名を連ねた書類を作成した。一応、インディアナのボスにその旨報告。問題はないことと、もう少し踏み込んで活動できる事もわかった。最近この件でボスと話をした所、僕の現在の立場はスタッフだけれども、学生の面倒を直接見たり、グラントに主たる研究者として応募したりする事が出来ないのだそうだ。でも、それを出来る様にするのはそれほど難しい事ではない、という説明を受けたので、今後これをクリアする方向で動こうかと考え始めている。

こうして見ると、段々とアメリカのシステムにフィットする様に動き始めているようだ。

2008年9月12日金曜日

通常営業

ようやく平常に戻って来た。

朝から、国際会議のプロシーディングスを書く。他にも書かなければならない論文、読まなければならない論文等山積なのだが、とにかく、一つずつ終わらせて行かなければ。

昼食はNJ会のメンバーで、韓国人経営の和食屋Yurakuへ。ここは寿司がまぁまぁ、食べれる所。今日の食事会は、新しく来たお二人の歓迎会を兼ねた物だった。

午後は引き続きプロシーディングス書き。少し解析も必要になったので解析をしながら書き進めた。計4ページ程度の論文だが、取りあえず、なんとか3ページ分くらいはまとまって来たようだ。後少し。

夕方、オクラホマに移ったTHさんと電話で研究について話をする。彼はシミュレーションが出来るので、最近僕が問題にしている事等を話して、お互いに協力してやっていく、という事で話がまとまった。良かった。

2008年9月11日木曜日

久しぶりに更新

久しぶりの更新です。

大阪で開催されたIUCrの後、東海村で開かれた、the 7th international workshop on Polarized Neutrons in Condensed Matter Investigation (PNCMI2008)に参加した。たいそうマニアックな会議であったが世界中の偏極中性子を使っている研究者が集まっていた。3日目に口頭発表したがとても緊張した。良い経験になった。

9/5の飛行機に乗って、アメリカに戻って来た。Hビザになって初めての入国で少し緊張したが、全く何の問題もなく入国出来た。審査官とかわした会話も殆ど無く、「仕事は何?」問いう問いに対して「研究です」と言ったぐらい。三男がアメリカ人だからという理由で初めてアメリカ人入国ラインに並んだ。という事もあって、すべてがすんなりと行った入国だった。NJ会のKHさんに空港迄迎えに来てもらい、KFJのIさんが昼食を準備して待ってくれていて、全員で昼食をよばれ、晩ご飯迄お土産にもらって自宅に戻った。

週末は再度生活を立ち上げる為の準備等をして過ごす。丁度帰って来た日に、STさんに娘さんが産まれたので、土曜日に病院に見に行き、日曜日にはご自宅に戻られた所で自宅に見に行った。うちの三男は9/6生まれなので丁度一年違いなのだが、こんなにも大きさが違うのかと、皆で驚いていた。

月曜日からは仕事場に復帰したが、まずはコンピュータのスクリーニングをしなければならなかった。朝担当者が見つからなかったので、オフィスで仕事をする事にした。ネットワークにつなげなければ良いだろう、という事でオフラインで仕事をする。調べものしたくなったりするのでやっぱり不便。お昼頃には担当者が居たので渡そうとしたが、返す迄数日かかる、と言われたので、その日は仕事を続ける事にして翌朝渡した。丸一日経った水曜日、パソコンが帰って来た。ただ単なるファイルスキャンをするだけなのだが、そんなに時間がかかってしまう。

という日々であったが、今や通常営業に戻った。まだ少し時差ぼけが残っている。

2008年8月25日月曜日

International Union of Crystallography (IUCr2008)

23日の土曜日から表題の国際会議が始まった。この会議は、国際結晶学連合が主催する全体会議で、結晶構造解析を中心として、様々な散乱技術に依って物質の構造研究を行う研究者の母体となる会議である。自分としてはこの会議には初参加である。自分が専門とする小角散乱の分野では、結晶構造解析はほとんど行われないので、これまで参加しようとは思っていなかった。今回は大阪開催、と言うこともあり、初めて参加してみた、と言う訳だ。

久しぶりに、G研のYF先生に会った。F先生はProgram CommitteeのChairでもあるので、参加者の様子について聞いてみたところ、参加表明者は2600人にも上るそうだ。とても大きな学会である。印象として構造生物学関係の発表が多いので参加者数を聞いてみたところ、およそ半分の研究者は構造生物学関係者である、ということで、結晶構造解析の分野で如何に散乱、回折法が盛んに利用されているかを物語っている。特に、タンパク質の結晶構造解析にX線や中性子が威力を発揮しているのだ。特にX線は強い線源強度と沢山の線源数を使って、多くのタンパク質の結晶構造解析に利用されている。その発展に寄与しているRIGAKUという会社は、昼食を無料で提供し、ランチョンセミナーを開催していたので、参加してみた。タンパク質の結晶構造解析を行うためには当然タンパク質結晶を育成しなければならないのだが、それを自動的に行う装置が開発されており、それに関するセミナーを聴いた。ロボットアームが台座上を前後左右に動き回り、結晶育成に必要な手順を自動的に行ってくれる。人間は原料のセットとプログラミングをするだけで後はこのロボットがすべてを行ってくれる、と言う事らしい。これにX線の線源を取り付けて構造解析まで一連の流れ作業の中で行う事ができるなら(きっと出来ると思う)これはもはや「研究」の域を超えてしまっている様に思う。まるで未来のロボットのイメージなのだが、それが現実の装置に搭載されているということで、とても印象的なセミナーだった。

2008年8月22日金曜日

サテライト二日目

サテライトの二日目は朝から主にx線装置やx線を使った実験結果についての話が多かった。午後からあったcoherent x線のセッションが面白かった。

しかし、こうやって話を聞いていて気がついた。スピンエコーの話がないのだ。プログラムを見てみると、スピンエコーの話をするのは僕だけだ、と言う事にようやく気がついた。一応簡単に原理を説明しないとわかってもらえないかも、と思い、急遽準備をやり直すことにした。

夜はバンケットと、その後SRのKさんと議論し、その後発表準備を行った。なんとか30分で収まったようだが、さて、この話内容が盛りだくさんであるのだが皆さんにご理解頂けるかどうか不安で一杯だ。発表は今日(三日目)。こうなったら、なる様にしかならないので思い切って行ってみましょう。

2008年8月21日木曜日

IUCr2008 Satellite Meeting

SPring-8にやって参りました。今日から国際結晶学会のサテライトミーティングとして、X-ray and Neutron Techniques for Nano-Structural Researchが始まりました。午後4時からSPring-8のツアーに参加し、R研のKIさんに久しぶりに会ったり、NY先生にご挨拶したり、アメリカから来てるBRさんに会ったり、G研のSKさんやJSさんに会ったり、G大のMHさんやK研のHSさんに会ったりと、いろんな人に久しぶりに会った。SRのKさんやSCのNさんなど、懐かしい人たちで一杯だ。

さて、今日の話は、午後7時から始まり午後9時までに4件の発表があった。主に小角散乱法を使った高分子や複合系の構造の話だった。明日は朝から目一杯発表があって、夜バンケット。僕の発表は明後日だ。今日の夜はビアパーティだったのだが早々に撤収して発表準備を行った。うまく発表できるか不安だ。と言うわけで明日のバンケット後も早々に撤収と言うことになりそうだ。

2008年8月20日水曜日

Virtual Journal of Biological Physics Research

久しぶりにネット環境を得ました。

この間、京大で研究会に参加したり、アメリカ領事館に行ってvisaの面接を受けたり、バケーションしたりしてました。

で、メールを開いてみたら、今度は、Virtual Journal of Biological Physics Researchに先日のPRE論文がselectされた、と言うメールが来ていました。一度選ばれると選ばれやすい、と言う事でしょうか。でも、こうしていろんなeditorが認めてくれる事は嬉しい事です。きっと、誰もやっていない事をやった、と言う事を認めてくれているということで、研究者としては嬉しい限りです。

2008年8月10日日曜日

彼がこの世を去ったのはもう1年半前の事だった。

お葬式にも行くことができず、お墓参りすら出来ないままに時間が過ぎてしまった。今の僕が頑張っていられるのは、大学生時代に彼と切磋琢磨したからだ。そんな彼にお礼を言う事もないまま、時間だけが過ぎていた。

ようやく今日、彼の墓前に手を合わせることができた。それとともに、彼がこの世を去った事を現実として受け入れることになる。彼の母、妻、子といろいろ話をさせてもらった。彼女らは彼の死と向き合いながら彼女らの人生を改めて前に向かって進んでいる。息子は、彼に似ていた。きっと彼の子供時代はこんな感じだったのだろうと思った。そして息子は、彼に似て物わかりの良い、理知的な子であった。間違いなく彼の残した彼の生の証である。

翻って自分の生についても考えさせられた。自分には、妻と四人の子供がある。彼らと彼らの人生について今後見守って行ける自分は、なんと幸せなのだろうか。僕の友は天からそれを行っている。僕が僕の友の家族の力になれることがあるならば、どんな事だってしてあげたいと思う。

お母さんは、死んだ息子の事を憶い、一年間泣き暮らしたそうだ。かわいい息子だったのだ。将来を期待できるいい子だったのだ。そんな彼がいなくなった事は、親不孝である。それはしかし、今更どんな事を言ったって彼が帰ってくるわけではない。お母さんは最近になってそう言う事を受け入れられる様になったそうだ。それでも、空を飛ぶ飛行機を見るたびに、その飛行機に息子が乗って帰ってくるのではないか、という気持ちを持つのだそうだ。そう言う気持ちを聞くと、自分の両親の事を想う。きっと彼らも同じ事を考えるだろう。そして勿論、人の親である僕だってそう想うのは間違いない。

友は、死して尚、僕に人生の教訓を教えんとしているのだろうか。

友よ。
ありがとう。


遅くなって、本当にごめんね。どうぞ安らかに眠ってください。

合掌

2008年8月8日金曜日

Virtual Journal of Nanoscale Science & Technology

夕べは時差ぼけと寝不足で夜子供たちを寝かせる時に一緒に寝てしまった。

と言うわけで、朝早く目が覚めたわけだが、メールを開いて何やら見慣れぬものを発見した。

Virtual Journal Publication Noticeというタイトルのメールで、内容は、先日PREに掲載された論文が、
Virtual Journal of Nanoscale Science & Technologyに選択されて掲載された、というものだ。これが何なのか、最初僕には理解不能だったのだが、調べてみたら次のような事がわかった。

Virtual Journalというのは、AIP (American Institute of Physics)が発行しているweb上のみで発行されているvirtualな雑誌で、提携雑誌に掲載された論文のうちのいくつかをtopicとして選び、タイトルや要旨を掲載しているというものだ。要するにeditorが選んだ論文のリストが載っているのがVirtual Journalと言うわけだ。

AIPが発行しているVirtual Journalには5種類あり、そのうちの一つが今回我々の論文が掲載されたVirtual Journal of Nanoscale Science & Technologyと言うわけである。このVJは2000年から発行され、毎週いくつかの論文をピックアップしている。今回は8/11号に掲載されたのだが、その週で選ばれたのは108報の論文である。提携論文誌の中で今週全部でいくつの論文が発行されたのかは知らないが、今号にPREから掲載されたのは、我々の一本だけだった。

と言う事から想像するに、実はこれは結構名誉な事であって、多くの論文の中から少なくともeditorの目に留まったと言う事である。自分達の行った研究がこのように注目された、と言うのは嬉しい事である。

と書いたところで、wikipediaで調べてみたら、次の様に書いてあった。

米国物理学協会は、米国物理学会と共同で、2000年から、幾つかの最先端分野で、Virtual Journalを発行している。これは、紙媒体の雑誌ではなく、インターネットだけで公開されている。また、Virtual Journalが論文を募集するのではなく、米国物理学協会と米国物理学会の選考委員が、ネイチャー・サイエンス・その他の全世界の主要な物理系学術雑誌の中から、論文を選抜する企画であり、真の世界一の物理系学術雑誌として位置づけられている。(ウィキペディアの「米国物理学協会」より抜粋)

すげー

2008年8月7日木曜日

日本へ

夜遅く寝たのだが、朝早く目が覚めた。子供が遠足の日に早く起きてしまうようなもんだろう。近所のスーパーで買い物し、KHさんの家まで車で向かった。KHさんに帰りの日のお迎えをお願いしているので車を彼の家に置きに行った、と言うわけだ。そして、彼に空港まで乗せてもらった。KHさんは一人でダレス空港からゲイザスバーグまで戻るのは初めてらしいのだが、無事帰れただろうか?

空港でチェックインしようとしたら、なんだか見た事のある顔が…。T大B性研のNO君だ。そう言えば、ORNLで実験して帰る日が僕の飛行機の日に近いなぁ、と思っていたなぁ。。。すると、N君とさらにはHEさんもいるではないか。聞いてみれば、彼らは昨日の飛行機で日本に帰るはずだったのだが、飛行機のトラブルなどで一日ワシントンDCで足止めをくらったのだそうだ。で、結局空港では彼らとずっと話し、飛行機に乗ってもHEさんとずっとしゃべっていた。映画を観るでもなく、ひたすらワインを飲みながらしゃべってた。到着2時間前くらいになって、自分の席に戻り少し休んだ。結局ほとんど一睡もしないまま成田に到着した。

成田でドルを円に換金した。KHさんとの話でダレス空港と成田で換金してどっちがレートが良いかをチェックしてみよう、と言う事だったのだが、ワシントンダレスの待合室近くの換金所では$1を96円くらいで売っていた。これはレートが悪すぎる、と思って換金せず(因に119円が$1と交換になるのだそうだ。)、成田で換金したのだった。成田では普通に、$1が106円くらいだった。外国で換金する方が高い、と言うのはなんだか不思議な感じがしたのだが、やはり自国の通貨を外貨に変える時にはレートが悪くなり、外貨を自国の通貨に変えるのは普通にやる、ってことなのかな、と思う。つまり、円を外貨に変える時は、成田ではなく到着した空港で換金するのがいい、ということですね(この説はKHさんの言う通りだった)。

成田から広島へは飛行機に乗った瞬間に寝る。着陸の衝撃で起きる。というパーフェクトな時間を過ごして少し元気が回復。父が空港まで迎えに来てくれた。今回は無事荷物も届き一安心だった。

実家に戻り、美味しい食事を食べ、甥っ子達と戯れ、お風呂に入った。

ビールを飲みながらメールを開くと、以前NSEについてのチュートリアル講義をしたのだが、そのスライドをweb上にアップしたいから送って欲しい、と言うメールがきていた。keynoteからpdfに落としたのだが、ファイルサイズが大きすぎる。サイズを小さくするのに手間取ったが、Acrobat Professionalでtools/print production/pdf optimizer...を選ぶと、図柄のサイズを変更することができ、これでファイルサイズを小さくできる事がわかった。これは結構収穫だった。

で、結局、ポスターの制作はほとんど進まなかった。それにしても、ポスターに言いたい事を全部入れるのは無理かもしれない、と言う事に何となく気がついた。それはそれでやばいかも。

兎に角、無事日本に到着して一安心である。これから約一ヶ月国内のあっちこっちを歩き回ることになる。美味しい食事と懐かしい面子にあえる事を楽しみに、そして自分の発表がうまく行く様に体調を整えなければ。

2008年8月6日水曜日

久しぶりにやばいかも

明日から日本出張だと言うのに、準備ができていない。口頭3件とポスター1件の発表準備をせねばならないのだが、出来ていない。これはヤバいかもしれない。口頭発表は直前までなんとかできるにしても、ポスターは印刷せねばならない。明日の飛行機の中でポスター制作の続きが必要だろう。

今日は朝ゆっくり行くつもりだったのだが、何となく起きたので職場へ。OYさんの実験の温調がうまく行っていなかった。早めに出勤して良かった。温調を直して測定をかけ直して、後は自動。

その後は主に発表準備にいそしんだ。また、出張直前なので、ボスらに挨拶に回った。皆快く送り出してくれる。嬉しい限りである。さて、日本ではvisaの更新、研究会、国際会議、お盆休みと忙しくなりそうだ。1ヶ月後、無事帰ってこられる事を祈りつつ、今日はこれからパッキングである。そして今日買い物が出来なかった分、明日の早朝から近所のスーパーで買い物だ。

2008年8月5日火曜日

長い一日

今日は朝いつもより早く出勤。OYさんの実験の試料交換をする。空セルをセットして、夜まで測定をかけた。測定を開始して落ち着いたら、もうお昼ご飯の時間。今日はインディアンレストランへ行って食べた。美味しかった。

午後は久しぶりに机に向かって仕事を始めたのだが、、、昨日の夜寝付きが悪かったのもあり、午後は眠くて仕方がなかった。発表準備をしていたのだが、眠気に負ける。

日本に居る共著者から論文の草稿が届いた。ざっと目を通し、最低限必要な体裁についてのコメントを送った。内容についてはほぼいい感じなのだが、返事をペンディングした。

その後、STさんとHFさんとまたしてもゴルフへ出動!今日はハーフで50だった。ひどい大たたきがなくなっている。練習の成果だわ。その後、晩飯もとらずに職場へ戻り、実験の続きを行う。

空セルは終了したので、試料を交換し、最終の必要なデータとりにgo!

のはずだったのだが…。強度チェックをしてみたらどうも良くない。スピンエコーを取れるような試料じゃない事がわかった。とっても残念だけど、その試料を諦めて、元の試料に戻し、もう少し測定を続けることにした。セット終了したら夜中だった。

腹減ったので、帰りにバーガーキングのドライブスルーに並んだ。前の車が進まない。店員の対応がとっても遅いのだ。で、ようやく僕の番が来た。注文しようと思ったら、電気が消えた。え?2時で終了?並んでても終了?????

というわけで、アメリカ憎しの気持ちを大にしながら何も買えず帰宅。アー腹減った。

2008年8月3日日曜日

引っ越し

昨日は、一日中家に引きこもって日本での発表準備にいそしんだ。でも、まだ完成しない…

今日は朝から引っ越しの手伝いだった。うちの車は7人乗りのミニバンで、座席を外すと結構たくさん荷物が入る。今日は、帰国が決まったHIさんの家の荷物を、うちとHさんの家に運ぶ、と言う段取りだった。Hさんが大きな荷物がある、と言う事でトラックを借りようとしていたのだが、うちのミニバンで運べばタダだから、うちのでやりましょう、と提案していたわけだ。案の定、たったの2往復で全ての荷物を運ぶことができた。結構時間がかかるかと思っていたのだが、さにあらずで、あっという間に1時間半程で終了した。

その後、総勢18人で集まってBBQ。Costcoで購入した肉と野菜を持って行ったら好評だった。やっぱ、Costcoの肉はおいしい。夕方までわいわいやって、午後5時頃職場へ。実験の進行具合をチェックして、もう一方の実験の試料交換につきあって、1.5時間程で帰宅。

その後、打ちっぱなしに出動した。

日本での発表準備や論文執筆があると言うのに、こんな生活で良いのだろうか。と、少し思う。

2008年8月1日金曜日

結婚してない証明

今朝、ポケベルが鳴った。装置がトラブルを起こした時に自動的に鳴る様になっているポケベルだ。電源の問題で装置が止まっていた。設定し直して、測定を開始した。その後はトラブルもなく進んでいる。

午前中は、発表の準備を続ける。10時過ぎ、BSの実験についての打ち合わせをはじめ、終わったら昼ご飯の時間だった。

午後、発表の準備をしていたら、AFさんがやって来て、彼と彼女が結婚してないことを証言する書類にサインを頼まれ、サインした。これって、イタリアで結婚する人はみんな出すことになるらしいのだが、結婚していない事を証明しなければならないらしい。それで、数人の保証人のような人が必要で、サインするのだそうだ。こういう儀礼的なものに関わる事があるとは思っていなかったが、良い勉強になった。

その後、OYさんとTYさんにNSEの解析のやり方を説明した。

先日見つかった解析ソフトのバグが修正されて、今は正しい解析結果が出ることになったそうだ。よく考えてみると、例えば僕の実験ではこのバグはほとんど影響がないだろう。でも、強度の弱いものは問題になるかもしれない。

いよいよ金曜日。来週の水曜日には日本へ発つ。まだ何の準備も終わっていないが大丈夫なのだろうか…

2008年7月31日木曜日

早くも7月終わり

もう7月も終わり。時の経つのは本当に早い。

OYさんのNSE実験は順調に進んでおり、今日は特に何もする事もなく、彼らのBS実験を見に行ったりした。

アメリカ入国VISAを新しくするための面接予約を入れた。後は大使館に行けばオッケーと言う事だ。

KURで行われる研究会のプログラムが届いた。ラフな会なのかと思っていたのだが、さにあらずで、J-PARCの重要な人も来ると言う事がわかった。少し気合いを入れて発表準備をする必要があるんだな、と言う事にようやく気がつき、少しエンジンがかかって来た。

AFさんと、アメリカのNSEの問題点について話をした。一番の問題はユーザーが少ないと言う事である。特に、アメリカ国内からのユーザーが少ないのだ。アメリカ内部でのユーザーの獲得が今後のNSEとしての課題である事は間違いがない。しかし、どうやって広げて行ったら良いか、と言うことになると少し疑問が残る。今我々がようやく手に入れたアクティビティを維持しながらユーザーの開拓をする、と言うのはなかなか難しい事である。しかし、それが我々がしなければならない事である。将来SNSに新しいNSEが設置された時に、アメリカのユーザーがいなければ、我々もSNSもNSEに関しては、先細りである事は否めまい。なかなか難しい問題だ。

2008年7月30日水曜日

解析ソフト

午前中、実験データのチェックを行った。今までのところは順調に進んでいるようだ。午後から4日分の測定プログラムを作って、新たに測定を開始した。日曜日には試料交換だ。OYさんのところのTYさんが放射線の訓練を受けて、無事通過した。明日から本格的に実験を開始することになる。彼らは、明日からBSの実験も開始となるので、少し忙しくなるだろう。

実験の他は、発表の準備などをして過ごしていた。夕方になって、AFさんから一報のメールが来て、何でも解析ソフトに不具合があったらしい、と言う事がわかった。今のところ、修正版がリリースされていないので確認できないのだが、もしかすると、その影響は大きいかもしれない。ともかく、修正版のリリースを待つしかないのである…。

2008年7月29日火曜日

VISA

OYさんの実験で温度センサーの読みがおかしいと言う事だったが、技官に確認したところ、設定温度に設定しているのが試料温度である、と言うことがわかった。ならば、それより低い温度を示すセンサーは何を測定しているのか?兎に角、設定温度を少し高めに設定していたので、この温度が今の試料の最高温度ということになった。今後は温度を下げながら測定していく。

今日は、ずっとアメリカのビザ関係の書類を作成していた。家族の分も作らなければならず、結構手間取った。昼過ぎにはじめた作業は夕方くらいまでかかってしまった。

その他OYさんと実験の打ち合わせ、AFさんとJSGさんと装置のスケジュールの打ち合わせなどをした。夕方、OYさんのポスドクのTYさんがきたので、一緒に食事して帰宅した。

2008年7月28日月曜日

VISA approval and paper published

OYさんの実験はその後順調なのだが、設定温度と試料温度の差が15Kくらいある事に気がついたので、少し高めの温度設定が必要だと言うことになった。データを解析してみたところ、何らかの緩和が見えているので、測定は恐らく順調と思って良いだろう。

AFさんが来週から始める実験について少し相談に乗って欲しい、ということで相談に乗った。彼の気にしている事は、スピンエコーの波長分解能と、彼の求める波数分解能の関係についてであり、どのような条件での実験が望ましいか、と言う事であった。確かに波長分解能が悪いので、波数分解能も悪くなり、完全に彼の求めるような測定を行うためには、かなり高い波長分解能でなければならないことになる。その場合はスピンエコーの測定が強度不足から不能となるので、結局、波長分解能は犠牲にして強度をとる必要がある。すなわち、両者の情報が混ざってしまうが、それは諦めざるを得ない、という結論になった。

午前中には、9月に東海村で開催される偏極中性子の国際会議で口頭発表にしてもらえた事がわかった。ありがたい事である。装置の話に挟まれることになるので、うまく話をつなげられる様にストーリーの作り直しが必要であろう。

また、先日来3度も来たゲラ校正を終えて、Physical Review Eに論文がonlineで掲載となった。

さらに、今年の4月頃申請していたH-1Bビザの申請が許可された、との連絡がきた。後は、日本で面接を受ければビザ取得となる。

ということで、今日はいくつか良い連絡が重なった一日であった。

2008年7月27日日曜日

1Aの試合

ネット越しに、実験の様子を調べたら、少しおかしい事に気がついた。温度が設定温度になっていないのに測定しているではないか。急遽職場に行き、温度制御について調べる。その結果、二つあるセンサーのうちの一つのセンサーがきちんと働いていないために、ヒーターに電流が流れていない、と言うトラブルだった。そこで、もう一つのセンサーを制御用に設定したところ、うまく電流が流れ、温度が上昇をはじめた。その後、温度が少しあがったところでもう一つのセンサーも正常に動作し始めたので、制御用センサーを元に戻したところ、順調に温度制御できる様になった。

そして、Hagerstownにあるsingle AのチームHagerstown Sunsの試合を見るため、NJ会とKFJの一部のメンバーで遠征に出かけた。single AはMajor league baseballの中でも、最も下位のリーグで、その上に、double A、triple Aとある事は良く知られている。single Aのゲームを見る事など、アメリカに暮らさない限りほとんどないだろう。入場料$9を支払い、バックネット直ぐ裏の席に座る。ものすごく良い視界で野球観戦が出来るのである。この席は、Major leagueの試合で見る場合、数百ドルとも千ドルともいわれる高価な席となり、一般人では到底座れるものではない。それが、マイナーリーグとなるとお安く座れるのだ。Sunsの対戦相手は、Greenhoppersで、マーリンズ傘下の球団らしい。因にSunsはナショナルズ傘下である。今日のゲームは圧倒的にGreenhoppersが優勢であった。それでも、Sunsのファンは楽しみながら応援をしていた。この雰囲気はmajor leagueを観に行ったのでは味わえない。Majorは勿論、そのスピード、技術など全ての面において超一流の選手達が集っているので、野球のレベルはとても高い。single Aでは、例えば、内野手の動き出しが遅いため、もう一歩手前で捕球すべきところを待ってとる、など、もう一つ技術的に劣る。スピード感もない。でも、そうはいってもmajorを夢見て戦っている選手達なので、その基礎的な技術力は十分と言って良い。後少しの技術が足りないのだ。そう言う部分に注目しながら、見ていると、将来性のありそうな選手とか、今とても好調そうな選手とか、と言うのはやはり一種の輝きを発している様に見える。そう言うものを考えながら野球を観戦する事ができて、満足だった。そして、試合も終盤の8回に、不意にポケベルが鳴り始めた。装置からのお呼出だ。

試合終了後、まっすぐ職場へ急行し、装置のチェックを行い、再測定をかけて終了。

その後、HFさんとゴルフの打ちっぱなしへ行った。今日は一球一球立ち位置とグリップを確認しながら丁寧に打ってみた。すると、順調に行けば以下のような飛距離が得られることがわかった。9Iでおよそ100yards、5Iで150yards、hybridで170yards、3Wで190yards、1Wで220yards。これだけ飛べば素晴らしい。しかし、特に1Wではまだボールが曲がる。まっすぐきちんと飛ばせる様になるまではまだまだ時間がかかりそうだ。でも、今日は少し感じをつかんだような気がする。

実験順調

夕べは久しぶりに良く寝た。朝起きて洗濯してから職場に行く。

実験は順調に進んでいた。NVSの真空もどんどん良くなって、ほぼ平常値を示す様になった。ただ、振動センサーの値などが少し大きいのが気になる。一説によると、一週間くらい経てば落ち着く、と言う話だが、今までの自分の経験では余りこの値が劇的に良くなった事は見た事がない。どうなのだろうか、と思いながらも、きちんと中性子が出てくるのでそのまま進めることにしている。

午後からは、OYさんの事故処理のためレンタカー会社について行った。事故と言っても本人には怪我もなく、車のダメージもほとんどないのだが、一応事故の報告は必要ですよ、ということでついて行ったわけだ。本当は僕は必要ないのだけど、こういう場合は誰かが一緒に行くと心強くていい、というわけだ。実際一緒に行っても僕がやった事は少し説明を補足しただけでいてもいなくても結果は同じだったのだが、OYさんは安心して交渉できたと言うわけだ。車を交換して帰って来た。無事処理がすんで良かった。それにしても、日本からアメリカに来て運転すると、どうしても事故の確立が高くなる。僕もしかり、HSさんも、そしてOYさんも。この三人とも日本では優良ドライバーで、運転経験もたくさんあるのだが、やはり慣れない土地ではとっさのことがあると(僕の場合は不注意だったが)そう言う事があるものだ。兎に角皆怪我もなく処理も無事に済んでいるわけで、大変良いことだ。

その後、KFJ(私の住むコミュニティにいる日本人の会)のメンバーがBBQをしている、と言う情報を聞きつけ、参加する。適度に飲んで帰宅。

そして気がついた。ゲラ刷りの校正をしなくては…。ということで、少し酔いをさましてから、校正を行い、無事終了した。

2008年7月26日土曜日

NVSの立ち上げ

23日にNVSをインストールしてからその真空度が上がらない為になかなか通常モードでの使用が出来なくて苦労した。日本から来たOYさんの実験を開始しなければならず大変やきもきした。

いろいろと苦労の甲斐があって昨日ようやく通常モードで使用出来る様になり、夕方から彼の実験の立ち上げを行った。その後、MKさんと三人で食事をとって帰宅した。朝起きて、ネット越しに確認した所順調に測定は進んでいるようである。ほっとした。

この間、これ以外の事は殆ど何も出来なかったので今日はいくつか仕事をこなす事にしよう。そういえば昨日再び論文のゲラ校正が届いていたのでそれはとにかく早めに終わらさなければ。

2008年7月23日水曜日

NVS

昨日NVSが到着したので、今日は朝から技官の人がNVSの設置を行った。早めに行って様子を見ていたが、余りする事はなく、10時頃になってようやく連絡がきた。真空引きがうまく行っていないようだ。とりあえず昼食後まで待つことにしたが、昼食後、やはり真空度が悪い。それから技官の人たちはいろいろ作業をするものの、夕方まで結局真空度は良くならなかった。明日まで待ってその後どうするかを決める、と言うことになった。もしかすると測定開始できないかも。単に吸着した空気が後から後から出て来ていて真空度があがらないだけであって欲しい。

その合間に、昨日届いていたゲラ刷りの校正を送ったり、Slide-ring gelに関する共著者のコメントを見て考えたり、発表の準備をしたりとそれなりに忙しく一日を過ごした。

明日から実験、うまく立ち上がるだろうか。

2008年7月22日火曜日

meeting

午前中に雷雨警報が発生。が、ほんの少し雨が降っただけでまたすぐ晴れた。天気予報は外れたらしい。

朝、先日Physical Review Eに受理された論文の校正がまたきた。何故かわからなかったが、兎に角チェック。なんと、図の横軸が全く間違っているものを発見。出版に時間がかかるが再度図を送ることにした。これはしかし、見つかって良かった。そのまま出版されていたら一生恥ずかしい思いをするところだった。それにしても、どうしてこんな間違いをしたんだろう???

その後、日本語で頼まれた原稿について検討。去年の11月にスピンエコーの実験をしたデータで論文原稿を作成中だが、それに関する仕事をした。

午後は、今度日本で発表する原稿を作成し始めた。先ず、京大炉の研究会では僕が所属する研究所の装置の現状、と言うタイトルで話をすることにしたので、いろいろ資料を集めたりした。半分くらい装置の話をするつもりだがそれらについては大体ストーリーは出来た。後少しセンスのいい絵を作らねば。後半分は研究のはなしにするつもりで、それに関する資料集めもしなければ。

その後、team meetingに出席。いつもは1時間くらいやってるmeetingだが、今日はさくっと30分で終了。

夕方、ようやくNVSが到着したと連絡が入った。明日は朝から設置である。うまく働いてくれる事を祈るのみ。

2008年7月21日月曜日

気がつけば

午前中はメールチェックと明日の打ち合わせ資料の準備。午後は論文修正。今後は発表準備とその他の原稿書きなどをせねば。しかし、木曜日からは実験も始まる。その実験が終わったらまた日本行きだ。余り時間がないらしい。

2008年7月18日金曜日

実験準備と論文

今日も晴れ。毎日天気がよくて気持ちがいい。

朝から、NVSがどうなっているか、と言う話で持ち切りだった。今朝の時点では税関にあって、通過を待っている状態だったが、昼過ぎになって税関を通過した、と言う連絡がきた。しかし陸送の手配がうまく出来ていないとかで、研究所への到着は火曜日、遅くとも水曜日、と言うことになった。木曜日から原子炉起動なので、ぎりぎりである。

次いで、SRゲルの論文の続きを行う。この論文は早く投稿して終わらせてしまわないと次の実験データが素晴らしいのに発表できない、もしくは、そちらを先に発表すると今書いてあるもののインパクトが全くなくなる、と言うこともあり急いでいるわけだ。いくつか加筆修正するうちに他の実験データについても議論するのが良い、と思ったので、とりあえず現時点でのストーリー性を含めて共著者にみてもらうことにした。で、あっさりメールで送った。これ、今月中に出来たら良いのにな、と思っていたのだが、やってみれば案外出来るものである。さて、どんなコメントが帰ってくる事か。

そして、HSさんから来ている原稿の執筆について再度よく考えてみた。その結果、過去の実験データでまだ発表していないものがあり、うまくまとめればまとめられなくもない、と言う事に気がついた。また、その原稿は日本語で書くのだが、うまくまとまれば英文の論文としてもまとめられなくもない、と思われる。実際にはもう少し実験したい事があるのだが、その実験はもう数年やりたくても出来ていない状態なので、このまま現在のデータで突き進んで行くかどうするか悩みどころである。いずれにしろ、HSさんにはその旨連絡した。そして、今週末に実際に書けるかどうかストーリーを考える、ということにした。

その他、来週から始まるOYさんの試料周辺の準備で少し技官の人たちにお願いなどをして回った。順調に行けば彼の実験も問題なく遂行できそうである。

と言う辺りで仕事を終了し、夕方7時頃からゴルフに行った。日没までに9ホールぎりぎり回れた。最後はほとんどボールが見えなかったが、今日はロストボールもなく、人生三度目のコースにして、ハーフ50になった。クラブも調子よくて満足だ。この調子で練習して上手になりたいものである。

2008年7月17日木曜日

レポート書き

今日も快晴。ここ最近は毎日晴れているようだ。その上、雷雨も来ない。メチャクチャ暑くてたまらない、というほどでもないので、きっと今は過ごしやすい時期なのだろう。でも、家の中で少し動くと汗だく。家族がいないので、なるべく冷房をつけない生活をしているのだが、時々息が詰まりそうになる。

今日は、朝一番で、ベロシティセレクター(NVS)の件でHFBSグループの人がやって来た。HFBSとNSEは同じNVSを共有できる関係にあって、今、HFBSのNVSがやばいのだ。NSE固有のNVSは現在修理し終わって輸送の途中である。来週から始まるサイクルの前には入れ替えたいと、皆が思っているのだが、まだ届かない。届いていないけど、届いたらすぐに置き換えられる様にその準備を少し行っておいたのだ。

その後午前中は昨日の続きでTKさんと一緒にやってる実験のレポートを書いた。一週間のスピンエコー実験のレポートなのだが、十数ページになった。まだ定量的な解析は出来ていないが、ざっと結果を知らせるには十分であろう、と言う事で、お昼過ぎにはTKさんとHKさんに送った。

その後、懸案となっているSRゲルの話の論文化を進めた。以前Physical Review Letters(PRL)に投稿してrejectされたものだ。それを見つめ直して修正し再度投稿しよう、と言うわけである。このデータをまとめた時は、PRLに投稿してもおかしくない、と思っていたのだが、最近測定した次のデータと比べると、このデータはまだもう一つはっきりとは捉えきれていない、という感が否めなくなった。ということで、letterの体裁はやめて、full paperとして投稿しようと思い、少し図を加えたりしているところである。実は解析に勘違いがあって、その勘違いから復活するまでに結構時間がかかったので未だ手元にある、と言う次第である。大体書きたい事は書いたので、もう少し推敲してから共著者に送ってご意見を頂くことにしよう。

それ以外には、中性子スピンエコー入門の原稿を書く事や、HSさんから連絡のあった学会誌への投稿をどうするか、と言った事を考えていた。また、KS君がまたこちらに滞在したい、と言う事なので、ボスとそのことについて話し合ったりしていた。

まだ時差ぼけ中だが、大分ましになった。

今日は昼食を抜いて仕事をし、夕方早めに帰宅した。夕食後、ゴルフクラブを買いに走った。定価の半額でフルセットを購入できたので、まぁ、よしとしよう。次のラウンドが楽しみである。

2008年7月16日水曜日

久しぶりの更新

前回の更新の後、日本へ出張に出かけたのでした。日本では、広島大学を訪問し、TTさん、MNさん、STさん、ATさんらとdiscussionをし、また、東大のKM君にわざわざ広島まできてもらって、アメリカでの実験結果について議論したりしてました。また、神戸に或る某会社で講演したりしていました。新幹線の車中で食べたタコ飯がとても美味しかったのが印象的でした。日本のお弁当は、うまいです。アメリカ暮らししていると、日本で食べるもの、何でもうまいです。

アメリカへ帰って来たのが14日で、昨日、今日と仕事に出かけました。まだ時差ぼけに苦しみ中です。

パソコンのバッテリーが死にかけているのは知っていたのだが、帰って来たら、どうも電源ケーブルの調子も悪いようだ、と言う事に気がついた。時々、電源につなげているのにつなげられていないと勘違いするらしく、突然スリープに入ったりする。パソコンとのコネクター部分の接触不良のようだ。新しいものを購入する必要がありそう。

さて、今日の業務は、午前中TKさんと一緒にやってる研究のレポートを作成。まだ未完成。午後は眠いので、眠くなったら、旅費の処理とかネットで検索とか。それでも眠い。時々仕事しながら自分がフリーズしている。早く時差ぼけが解消すると良いのだが。夕べは夜中の三時に目が覚めて、その後四時ころから眠れたので、おそらく、今日はもっと良くなるはず。もうすぐ時差ぼけも解消するだろう。

2008年7月3日木曜日

飛行機のチケット

8月に日本に行く時のチケットをまだ予約していなかった。理由は、visaの取得に関わる問題である。今日、インディアナの事務から日程についての連絡があり、僕の計画しているスケジュールで大丈夫なはずだとの結論が出た。そこで、飛行機を予約することにした。帰りの飛行機は家族と一緒になるのだが、僕の分だけ予約がまだ、ということで、座席を近くにする方法がないものかと、思案した。当初は旅行代理店に頼もう、と思っていたのだが、それもおかしな話だな、と言う気がしたので、直接航空会社とやり取りしてみることにした。A○Aのアメリカ取り扱い電話に電話して話をしながら飛行機の予約をした。

今回は往復航空券ではなく、ワシントン→成田→広島、成田→ワシントン。という旅程で、広島までの往復、と言うわけではない。このような場合の航空券の買い方は区間毎に指定、と言うオプションを選択する事で出来ると言う事がわかった。そして、家族との座席の問題については、電話で交渉して、一応並びで押さえておいてもらうことができた。良かった。

その他の時間は、日本での講演の準備や出国前にすませておくべきいくつかの細かな用事を済ませた。

二人から別々に論文の草稿が届いたので日本に帰る飛行機で読む事にする。

また、VTさんから電話があって、つい先日行った実験についての問い合わせだった。スピンエコーのホームページを見て、課題名から興味を持ったのだそうである。しかも、彼が新しく行った先の会社とも関係する事のようで、今後の展開次第では面白いことになるかもしれない。

後は、妻に頼まれているものの買い物をして、家に帰ってパッキング。洗濯。冷蔵庫の中の残り物で食事、と。

パスポートなど準備して、さて、明日は飛行機乗って、久しぶりの日本だ。

2008年7月2日水曜日

いろいろ

今日は一日中晴れていて気持ちのいい一日だった。

午前中、偏極中性子の会議の要旨へのコメントが共著者から帰って来ていたので、修正して提出した。on-line registrationと要旨提出だったのだが、入力を間違えて、画面を戻すと入力していたものが全て消える、とか、いろいろ変なことがあって、意外に時間がかかった。

今度の一時帰国は、とある企業訪問がメインなのだが、あいてる日に、大学訪問も入れることにした。その事をメールでやり取りしたりしていた。

TKさんと一緒にやってる実験の解析とまとめ、WLWから届いたhighlight原稿に目を通し、今度の企業で発表する原稿を作ったりといろいろ手をつけた。でも、どれも中途半端に終わってしまった。もはや明日一日しかないではないか。間に合うのか?

と言いながら、夕食はAFもうすぐ夫妻とスペイン料理を食べに行った。

2008年7月1日火曜日

のんびりとした一日。でも、やらなきゃいけんことが一杯。

本日は日がな一日実験などする事もなく、自室にこもってパソコンに向かっていました。

朝、昨日までの実験データの解析をする。そして、レポート作りをはじめた。

来月日本に帰る時に、VISAの更新をする予定なのだが、家族の分のVISA申請について調べていたところ、もしかすると間違ってる?と思われる事が見つかった。さっそく、インディアナ大の事務に問い合わせたのだが、今日は返事が来なかった。もし手続きが間違っていると面倒なことになるので、間違っていない事を望むのだが…ということで、このVISAの問題がクリアしないと飛行機のチケットを予約する気にならない。期日も近づいて来ているので早くしたいと気は焦るのだが…。

その日本で偏極中性子の会議に出席するつもりなのだが、まだ要旨の提出をしていなかった事に気がついたので、取り急ぎ作り、共著者に送った。その直前に或る会議、国際結晶学会の期間のホテルの予約も行った。大分8月の日程も決まって来た。後はVISAだけだ。

ZY君がやって来てdiscussionした。DBが考えたと言う理屈を聞いていたのだが、どうしてそれが大切なのかが今一よくわからない。結論はこれまで言われているような事だし、それを別の角度から言い直しているだけなのだ。その上、その理論を使ったからと言って定量的な議論が増えるわけでもない。確かに、考え方は納得するのだが。そして、その件に関して論文検索をし、にたようなアイディアが書いてある論文を示した。もう30年も前に理論屋さんが書いた論文なのだが、その論理に従って解釈すれば良いような気がする。さて、どういう判断をするのか、見物である。

夕方、日本に行く前にしなければならない事をリストアップしてみた。結構たくさんある。やばいかも。

と言う事で夕食後、今日は仕事である。

それにしても、夕食を作りすぎてしまい、満腹この上ない。うー。

2008年6月30日月曜日

実験終了

一週間続いたスピンエコー実験と3日間の小角散乱実験が終わった。

午前中は実験の片付けで終了。なんとか、TKさんが出かける14時前には終了することができた。今日は昼食抜きだった。その後、少しだけデータについて議論して、TKさんは帰路に。

夕方までデータ解析を続けて、早めに帰宅した。今週の金曜日から日本出張なので、その前に必要なものの購入をせねば、というわけである。

実験が終了して、日本行くモードに入った。ということで、大ボスDNと、小ボスJCに金曜から日本に行く事を告げておいた。日本行きモードに入るとやはり気分が浮かれる。

また、東大のHEさんと意見の一致を見たので、それについても気分がよい。今後お互いに切磋琢磨できると良い。

2008年6月29日日曜日

データ解析

土曜日はゴルフ→実験→飲みだった。ゴルフは疲れたが面白かった。

日曜日。

実験データの解析をする。スピンエコーは昨夜トラブルがあったらしく、途中で測定が停まっていた。通常は、ポケベルに連絡が来るのだが、昨夜は残念ながら連絡が来なかった。御陰で朝まで中性子を無駄にしてしまった。小角散乱は順調に進んでいる。データであるが、小角散乱は絶対値解析が少し変だ、ということで、たまたま出勤していたBHさんに尋ねてみた。結局、彼にも原因はよくわからないようである。明日SKに聞いてみよう。ともかく、小角データとスピンエコーデータを解析し、つきあわせて考えてみた。当初漠然としていた説明のアイディアであったが、両方のデータを説明する様にくみ上げて行くと、定性的には良い説明を与えている様に思える。今後もう少し定量的な解析を行えば、より詳しくわかってくるのではないかと思われる。今回の実験も総じて成功と言えそうである。良かった。

夕食は、TKさんとMKさんと一緒に韓国料理だった。

2008年6月27日金曜日

SANS実験開始

今日は夕方雷雨が降った。激しい雨だった。およそ10分程ものすごく激しく降ったが、後は晴れだった。日中はとても暑いので、車の窓を少しだけあけておいたのが災いして、その10分の雨で運転席のシートがびしょ濡れになった。帰りの道中お尻が気持ち悪くて仕方なかった。

朝一番で、共同研究者に少し嫌なメールを送った。共同研究とは難しいものだ。特に、離れた場所にいると、他のメンバーが考えている事をリアルタイムに知ることができず、後手に回ってしまう事が多い。こちらの気持ちをきちんと伝える事が如何に大切か、と言う事を改めて知った。また、共同研究者への配慮が如何に大切であるか、と言う事も身を以て知った。

今日からTKさんと一緒に小角散乱実験である。11時頃から実験を開始し、基礎データ測定をすませて、全体の実験計画を練り、三日間の測定スケジュールが決まった。基本的には温度変化による構造変化の様子を調べる実験で、順調に進めば後は余り手がかからないはずである。時々解析と条件変更を行うだけだ。スピンエコーの実験も日曜日までは継続で進むはずなので、明日は少しゆっくりできるであろう。

測定データであるが、スピンエコーのデータは議論の価値がありそうなものになって来ている。小角散乱のデータとつきあわせてうまく説明できると良いのだが。

2008年6月26日木曜日

NSE実験とSANS実験準備

午前中はしのぎやすい天候だったが、午後からはものすごく暑かった。夕方今年初めて蝉の鳴き声を聞いた。

午前中はスピンエコーの試料交換をして、その後データ解析を行った。昨日まで測定していた系は比較的速いダイナミクスがみられ、しかも緩和モードが二つあるようなのだが、今日測った試料はほとんど緩和していない。つまりとても遅いダイナミクスを示している。これはある意味残念な結果だが、考えてみると実は面白い結果なのかもしれない。よく考えてみよう。測定の結果があまりに緩和していないので、温度を上げてもう一点測定することにした。明日の朝、試料交換である。

このほか、午前中は、久しぶりにZY君と議論した。インディアナのDBと話をして来た彼は、少し元気になった様に見えた。以前の論文原稿について少し進展がある、ということなので、明日の議論がまた楽しみである。新しい論文原稿についてはコメントを伝えて、今後するべき実験などについて話し合った。

午後は自分の研究テーマのことについて少し考えながら、プログラム作りをした。今日完成させたかったが、うまく計算できていないようだ。どこが間違ってるかゆっくり考えてみよう。

その後夕方から、明日からの小角散乱実験の準備を行う。今スピンエコーで測定している試料の小角散乱を測定する予定である。これら一連の測定ができれば、論文としてまとめる事が出来るだけのデータが集まるかもしれない。ダイナミクスを理解する上でも小角のデータはどうしてもみたいので、明日からの実験も楽しみである。

引き続き実験中

晴れ。

朝から試料交換をする。今朝までで、一つの試料の温度変化とバックグラウンドの測定を終了した。次に、異なる種類の試料の測定をかけることにした。この試料は、高価な重水素化物をふんだんに使ったもので、良い結果を期待している。予定通り、みたいものからの散乱シグナルは得られたので、後はこの系のダイナミクスが欲しいところに入っていれば当たりだ。予想では入っているのだが、果たしてどうか。

試料交換後に、メールチェックをしたところ、東大のKM君からメールがあり、スライドリングゲルのスピンエコー測定結果についての報告があった。また、その結果を論文化する、と言う事での相談でもあった。内容的には大変すばらしいのであるが、少し吟味したい事があったので、今日は結局返事が書けなかった。それにしても、彼の結果を論文にする前にその前の実験を論文にせねばならず、暫くペンディングにしていた課題について考え直すことにした。午後に入ってから、計算の間違いに気づき修正したところ、そこそこリーズナブルな結果になった。最近計算間違いが少し気になる。もっとキチンと吟味せねば。懸案事項が解決したので、後はその結果についても論文としてきちんとまとめるだけである。個々暫くラメラ構造の件で論文を書いていたが、そっちをペンディングにして、ゲルの論文を仕上げる事に専念する事とした。

夕方に、TKさんと少しキャッチボールをして、夕食は北京ダックを今週帰国されるTさん一家と食べた。今度こそこれがお別れの食事となった。その後、職場に戻って論文の構想を練り直していたら、バージニアのMKさんがやって来て、2時間程しゃべった。彼女の悩みはいろいろ深い。そして、試料交換をして今日の仕事を終了とした。

2008年6月23日月曜日

スピンエコーの実験

今日は午前中快晴、夜少々雷雨。

今日からストーニーブルックのTKさんと一緒にスピンエコー実験です。午前中、試料の準備、装置の準備を行い、お昼前には測定を開始できました。今回の実験は、これまで二回程予備実験を行い、試料濃度を上げての実験です。課題もしっかり採択されており、落ち着いて良い実験をするのみです。実験は長時間測定で、一つの試料を1日から2日かけて温度変化を測定する、というもの。最初の試料のデータを見てみた限り、予想通りの緩和カーブが得られているようだし、データも奇麗に取れている。さい先よい滑り出しである。

また、今日から我々の研究所では中性子の夏の学校が行われている。この夏の学校は毎年行われ、一年おきに、小角反射率組とダイナミクス組がそれぞれ主催することになっている。今年は小角散乱、反射率計についての夏の学校で総勢37名が参加しているそうである。丁度TKさんの実験を立ち上げようとしていたところ、CBさんがやってきて、「スピンエコーの説明を5分でよろしく」と言って来た。英語で5分のスピーチをするのはまだしんどいのだが、スピンエコーの説明をするだけの事なので、まぁ、なんとかこなした。途中で、英語がグタグタになってしまったが、皆真剣に聞いてくれたし、質問もしてくれたのでよしとしよう。

午後からはその夏の学校の生徒さんの普段やっている研究に関するポスターセッションがあり、数人の研究についてポスター発表を聞きに行った。夏の学校で普段その生徒さんが行っている研究のポスター発表、というのはこれまで聞いた事のない試みであった。普通夏の学校の生徒さんは聞き役になる事が多いが、その初日に自分から説明する、という時間がある事は学校をこなれたものにするためにはとても良いものであると感じた。勿論その分中性子に関する講義もしくは実験に割く時間が減るわけだが、効率的に話が進むことや、小角などだけでなくそれ以外の中性子のスタッフと知り合いになれるなど、+に働く事が多いと思った。

昼はベトナム料理フォーを食べ、夜は韓国料理を食べて、実験のチェックを行った後に帰宅した。今日は有意義な一日だった。

2008年6月19日木曜日

満月の夜に遭いましょう


一日遅れです。

やってきました6月の満月。そう、6月18日は満月です。そして、デラウェア州の海岸では、午後10時に満潮を迎えます。カブトガニ再び!

朝からそわそわ。今週は特にする事もないので、いろいろ論文を漁って読んでいます。特にラメラ構造に関する論文をメインにしています。その他、麻酔剤の話など。



夕方帰宅した後、日本語学校で知り合った、Kさんたちとレッツゴーです。車七台で連なって行くんです。凄い。僕はBさんの車に乗せてもらって優雅なひととき。雨が降ったり、虹が出たり。そんな道中に撮影したのが上の写真。

途中でトイレ休憩を入れながら、目的地の海岸へ。今回は、前回にも行った、Port Mahonを起点にして、南へ下りつついろいろ海岸を探してみる、と言うことになっています。

Port Mahonは先月チャレンジした時は通行止めになっておりましたが、今回は大丈夫でした。兎に角進んで行くと、海岸線に到着したのですが、そこでみたものは…



夥しい数のカブトガニの死骸…生きたカブトガニを1,2匹見つけたものの、目にするものはほとんど死骸でした。海岸線が先月のストームのせいでしょうか、荒れており、beachと言うよりは、むき出しの岩がごろごろしていると言った感じでした。以前、この地を訪れた事の或るKさんが、昔の様子と全く違う、と絶句したのもわかります。人々が優雅に遊べるような海岸線ではもはやなくなっており、恐らく、産卵地を見つけようと必死で探したものの力つきてしまったものなのでしょう(想像)。とても長居できるような場所ではありませんでした。

そして、南下をはじめたのです。

先ず最初のPickering beachへ行ってみると、いました。前回とは異なり、この海岸で結構たくさんのカブトガニに遭遇しました。


このような集団が浜辺のあちらこちらに見えました。自然の神秘を感じつつ、暫くこの海岸でカブトガニを眺めることにしたのでした。



満月もとても奇麗に現れました。
#カメラがしょぼいので、夜間撮影するとノイズが多すぎて画像処理もうまく出来やしない。残念。

そして、暫く経ってよーく足下を見てみると…



カブトガニの卵発見!(カブトガニの体の横の石粒のようなのが卵です)
こうやって海岸にたくさんの卵を産み、太陽の光で温めてもらって、卵から孵ると言う、古から脈々と続く生命の営み。その一端に触れることができて、やはり感動せずにはいられません。よく見ると、卵の大きさはまちまちでした。これ、こうやって浜辺にむき出しなのが普通なのか、少し埋まっているのが普通なのかよくわからないけど、産卵のためにやって来たメスは若干砂を掘って卵を産んでいるようでした。まぁ、波に洗われてこのようになるわけで、恐らく外敵にやられてしまう卵もあると思われますが、このうちの1割くらいは海に帰って行くのでしょう。そしてこれからもこの営みは毎年続けられて行く事でしょう。

今回は、感慨深い観察日記となりました。
今回ご一緒した皆様、どうもありがとうございました。

2008年6月16日月曜日

ここ数日の出来事

いっぺんにアップロードします。すみません。

先ずは、オークリッジの出張の件。

木曜日。実験の合間に、Spalation Neutron Sourceの見学に行く。反射率計の担当者のJAさんが案内してくれた。このおじさん、とても面白い人で、話が上手。しかも、ご自分の装置ばかりでなく、そこに設置される全ての装置について詳しく説明してくれた。今回SNSにきたのは三回目なのだが、今回程印象的だった事はなかった。とても参考になったし、一度使ってみたい気になった。



出張は土曜日で終了。金曜日に測定を終えて車で空港まで行く。空港脇のHiltonに宿泊。プールで泳ぐつもりだったが、疲れ果ててそんな気にもならなかった。夕方、一回のラウンジで、今回一緒に実験したHSさん、KS君と飲む。その後、HSさんの持って来てくれた焼酎などを部屋で一緒に飲む。気がつけば明け方。皆朝早い飛行機で日本に向かって帰って行った。

僕はと言うと、8時頃起きたら二日酔い。まだ少々酒臭い中を帰宅の準備をして空港へ。空港内、飛行機内いずれもしっかり睡眠を取り、午後3時頃ボルチモア空港に到着した。KHさんに迎えに来てもらい、その足で、fairfaxのHマートへ彼を案内する。僕もついでに野菜やイカなどを購入。

夕方はTHさんの送別会を韓国料理やアリランで。THさんは、僕がここにきた時からのNJ会の会長さん。いろいろお世話になったし、いろいろアドバイスを貰ったし、この人がいるだけで心強かった。今後はオクラホマの大学で教鞭をとることになった。ご活躍をお祈りしています。

日曜日は、家の事をいろいろ。夕方、KHさんとIさんご一家でお好み焼きなどを食べた。その席で、Iさんご一家が9月中旬にご帰国になる事が判明。Iさんも僕たちがメリーランドにやって来て比較的早くからおつきあいさせてもらっていた。アメリカに4年半いた経験から我々にいろいろ教えてくれた。子供が同級生と言うこともあり、いろんなところにご一緒させてもらった。バーベキューなどを覚えたのも彼らと一緒にだった。こうして身近な人がどんどん去って行く。仕方ない事だが寂しい限りである。Iさんは日本の大学で教鞭をとる事が決まったそうだ。おめでたい話である。

月曜日。久しぶりに職場に復帰。今日は先ず、出張前に行方不明になってしまったバッジを再支給してもらう手続きから始まった。JSGとオークリッジのことについて話をした。その後、溜まってたメールチェック。それから、ZY君が論文の原稿を持って来たので、それを読む。まだ完全にデータが揃っているわけではないので、どこまで細かくチェックすれば良いか微妙だが、少ししっかり手入れをしてなるべく良いところに投稿できる様にしたいと思う。その後、AFと実験のことについて話をして、今日は早めに帰宅した。

と言う感じの数日である。家族がいない寂しさが募り始めたが、まぁ、一人の気楽さを楽しむ方向で。

2008年6月11日水曜日

ORNL実験つづき

二日目の朝、ガイドホールに行ってみると、装置がダウンしていた。夜中にあったThunder stormのせいらしい。午前中は装置の復旧の時間となった。測定できていたデータを解析してみたところ、欲しい最小q値まで届いていない事がわかったので、もっと長い波長に変更して測定することにした。このため、午後は基礎データとりで終わってしまった。夕方から本格的に測定を開始した。

三日目(水曜日)は順調に測定を続けている。夕方thunder stormがあったが、大した事もなく装置も全く影響を受けなかった。

ユーザー控え室であいてる場所を探していると、原研のSWさんとHさんがいた。彼らも実験のため日本からORNLに来ているのだ。久しぶりにお会いしたので、30分程雑談した。夕方には、バージニア大のMKさんにあった。いつもはメリーランドの某研究所で良く会うのだが、ORNLで会うのもまたおもしろい。彼らとは明日の夕食を一緒にする約束をして別れた。

オークリッジは暑い。と言う事でアメリカ人の様に沢山ソフトドリンクを飲んでしまう。食事も完全にアメリカンで、メキシコ料理やピザ、中華のケータリング、ステーキなどを食べることになる。ここは小さな町なので、アジア料理は中華料理くらいしかなく、もう少しバリエーションが欲しいところだ。ただ、比較的味には満足していて、田舎な割には食べ物に困っていない。研究所の中には、いろんな野生生物がいて、ドライブしていても少し楽しめる。鹿や七面鳥、鷲にアナグマ、猫や狸などを目撃した。自然が一杯の研究所だ。そうそう。夜には蛍もちらほら見える。

ORNL実験


今週はオークリッジで中性子小角散乱の実験中。日本からHSさんとKS君が来て一緒に実験している。そもそも、彼らがマシンタイムをもらい、僕はオークリッジの現状を見たいと言う気持ちも強かったので一緒に来させてもらった。オークリッジは出力の高い研究用原子炉を持ち、世界の中性子散乱のパイオニアの施設の一つである。最近、冷中性子源を設置しガイドホールを新設し、そこに2台の小角散乱装置を設置した。汎用のCG2-SANSと生物試料用のCG3-SANSである。今回はこのうちのCG2を使用している。



立ち上がって間もないため、普段僕がいるメリーランドの某施設と比較すると、全てをマニュアルで制御しなければならない、という制限があるのだが、線源強度や制御ソフトの実装具合から感じるに、数年後にはとても良い装置になっていると考えられる。そう言う意味での期待感を持つ事ができた。

オークリッジ研究所では最近、Spallation Neutron Source(SNS)も立ち上がり、アメリカにおける中性子研究の拠点としての役割が期待されているが、パルスと原子炉がお互いに協力しつつユーザー受け入れ態勢を確立しているところは感銘を受けた。日本ではなかなか難しそうな事である。

これはシステムの違いが一因としてある。日本では組織の間の壁を越える事が難しい事が良くある。しかしアメリカでは組織の間に壁を設ける事はあまりなく、特に利害が一致する場合にはあっという間に協力関係が出来上がる。組織の作り方にしても、先ずは有能な管理者を選定し、この管理者が全権を把握して事に当たる。大きなプロジェクトの場合はこの管理者が若い事が多い。SNSの場合は管理者に選定された時TMさんは36歳だったそうだ。そして、組織間の管理者同士がよく話し合いを行い、物事を決めて行く。そして研究者や技術者は、管理者サイドで決まった事を粛々と実行して行く。分業が明確なのである。この点がアメリカでの様々な物事がスムーズに進む事の一因だと考えている。

2008年6月8日日曜日

出張

今日は晴れ。だったけど…

朝起きて、残り物の処理とゴミ捨てをして、出張に出かける。

Hさんにボルチモア空港まで送ってもらう。昼食を一緒に食べて、飛行機に乗る。

ボルチモアからノースカロライナのCharlotteまで順調に飛ぶ。Chrlotteで乗り継ぎのために待っていると、、、

「クルーの到着が遅れていますので、ノックスビル行きの飛行機が遅れます」

と言うアナウンスが…結局40分くらいの遅れですんだのだが、ノックスビルで待っていてくれる共同研究者に悪いので連絡をして、テネシーへ向かう。無事に到着して、共同研究者らに会い、荷物も受け取って、オークリッジに到着した。途中で、豪雨が降り、運転していたHSさんは怖がっていた。本当に凄い豪雨だった。アメリカではこういう事がよくある。

ホテルに到着し、ホテル近所のレストランで食事をとってからホテルに戻り、HSさんの持って来てくれた焼酎を飲みながら、今まで話をしていた。って、朝4時じゃん…

寝ます。。。

2008年6月6日金曜日

出張準備

晴れ。

昨夜は家族が無事に日本に着いたかどうかが気になって、成田空港の到着便のステータスチェック並びに、広島空港の様子チェックを時々していたので寝不足。朝起きてすぐ実家に電話して家族が無事到着している事を聞いて一安心した。

今日は、昨夜チェックしたPhysical Review E論文のゲラの最終チェックを行い、HSさんからの連絡を待つことにした。しかし、丁度HSさんはアメリカへの飛行機の中、ということで心配した。お昼頃、トランジット先の空港から電話をくれた。夕方までには目的地に到着するので、夕方までは待ちますと伝えたのだが、結局その後時間切れで彼のコメントを貰わずにゲラの校正を送ってしまった。大きな間違いがありません様に。それにしても、これでこの論文も公の目に触れることになる。嬉しい。

昼食前にはZY君と新しい論文について少し議論した。これまで小分けにしてみていたデータを今日はまとめてみたのだが、まとめてみてみると、それなりにストーリー性のあるデータが取れている事がわかった。これは是非論文にまとめるべき、と言う事で、彼の背中をそっと押してあげた。ただ、まだ少し弱い部分があるので、その部分をどうするかちょっと考えてみることにした。僕がその部分を考えているうちに、彼は論文原稿を書き進め、さらにデータ解析や解釈などについていろいろ検討する事であろう。

その後、新しく書く論文の内容について吟味するため論文検索を行った。余り芳しい論文は引っかからなかった。一つ注目したのは2002年のMMさんが書いた論文だ。これはラメラ構造での運動の様子を調べた論文で、ユーリッヒ研究所のグループの仕事である。MMさんはその後アメリカに移り、今は職場の同僚である。彼女は現在中性子反射率計を使って実験をしている。ダイナミクスの研究からは離れているが、彼女のやった実験について聞き、自分のデータについてもしゃべり、そのネタに関する理論的な研究を知らないか、と質問してみた。答えはnoで、結局、このような理論はまだないであろう、と言う事でコンセンサスを得た。また僕の実験結果についても面白いと言ってくれたので良かった。

午後、Virginia U.のMKさんがきて、いろいろと話をした。彼女の悩みも深い。まぁ、それも仕方のないことだが、彼女の日本とのコネクションの深さ、というか、自分にはない情報があったりするのが少しうらやましい。まぁ、情報がありすぎるのも良くないので、あんまり深く考えないことにしよう。それにしても、いつも彼女からいろんな日本の情報が入って来て助かる面もある。彼女と話をしている最中にニューヨークのTKさんから電話が。今度の実験について少し打ち合わせをした。

その後、JSGさんに明日から行くORNLの様子について少し聞き、地図など必要な情報をプリントアウトして出張の準備を進めた。また、KS君に試料を持って行く様に頼まれているので、それの準備もした。無事に飛行機に乗れると良いのだが。たぶん、空港での扱いが悪いだろうから割れない様にちゃんとテゴしておこう。機内手荷物で持ち込めなくなったのが痛い。

夕方近くには、MBさんが部屋にきた。彼はアメリカでMIEZEを作っている人だ。J-PARCの話も出て、さらに、京大のMHさんの名前も出て来て楽しかった。

サイエンスグループのボスのDNさんに出張に行く事を伝え、家族が無事日本に着いた事も伝えた。喜んでいた。ダイナミクスチームのボスのJCさんには昨日行く事を伝えてあるので大丈夫。ということで、本日の業務終了で、AFさんと一緒に帰路についた。

それにしてもこうしてみてみると、あんまり大して働いた気がしていなかったが、いろいろと充実した一日だった。

2008年6月5日木曜日

トルネード

6月4日はトルネードが来た。3時頃から急に天気が怪しくなり、気がつけば土砂降りの雨。1分程で川のような流れが出現した。その後停電。。。電気の復帰は午後10時過ぎてからだった。その上、ネットワークもダウンしてしまい、復旧したのは翌5日の夕方だった。

午前中仕事をした後、午後は家族が帰国する準備のため帰宅。そんな中のトルネード騒ぎだった。丁度、HIさん宅で夕食をご一緒する予定だったので、雨が小降りになってから移動。停電の中皆で夕食を頂いた。お風呂まで入らせてもらってから帰宅。引き続き家族の旅行準備。

5日は快晴。

朝から家族を空港へ送って行った。帰宅後自宅で仕事をした。新しく書いている論文に関係する論文を数編読んだ。少し論文の構想が変わって来た。夕方ネットワークが開通したのでメールをみたら、先日Physical Review Eに受理された論文のゲラ刷りがきていた。早速読んで返事を書くことにしよう。

2008年6月3日火曜日

ORNLトレーニング

午前中は晴れていたのだが、夕方には一瞬豪雨が降った。そろそろサンダーが来る時期なのかな。

今日は朝から来週実験のために行くオークリッジの研究所での放射線トレーニングを受けた。先ずは、資料を見ながらお勉強をする。沢山の英語が書いてある資料を全部みていると結構時間がかかった。途中で、ZY君の小角散乱データ解析結果について議論したり、インディアナ大学のSESAMEの建設に携わっている人のセミナーがあったので、聞きに行ったりした。SESAMEはスピンエコーを使った小角散乱装置なのだが、今日話をした人は主に光学系の計算などを行った人らしく、SESAMEの原理やデータの細かいところは余りよくわからなかった。ただ、スピンエコーの知識などはあるので、全くわからないと言う事ではないのだが、細かいところで少し分かりにくい話だった。

昼食後、トレーニングの続きをやった。web上に問題があるのでそれに答えて正答率が80%を超えればオッケー、と言うものだ。二つの異なるトレーニングを受けたのだが、100点と96点だった。ということで、どっちもクリアできた。KEKのHSさんに少しプレッシャーを与えられていたので、無事通過できて良かった。

トレーニング終了後は、書きかけの論文原稿の修正を行ったり、明日から原子炉が起動するので、AFさんの実験の立ち上げを手伝ったりして帰宅した。

帰宅後は、もうすぐ日本に帰る息子達二人の散髪をした。

2008年6月2日月曜日

チームミーティング

今日も快晴。

週末Tさんご一家の送別会で飲み会、イチゴ狩り、夕食会と遊び回った。大変お世話になったお友達がご帰国されると言う事で、我が家ではみんな少しブルーだ。

さて、今日は午前中出張帰りのJSGとSNSでの実験の話を聞いたりしていた。中性子発生源などの話にもなって、J-PARCでも中性子が初めて観測されたらしい、ということなども宣伝しておいた。午前中の他の時間はMI教授のデータ解析、TKさんのデータ解析、KS君のデータ解析などを少しづつ進めた。昼食後は、1時間程のチームミーティングで、合計10人くらいが集まって、前のサイクルの実験の事や今後の予定の事などを話した。その後は、隣の装置に磁石を設置して中性子を使わずに磁場テストを行った。今日の目的は、隣の装置で磁石を傾けた時に、うちの装置が受ける影響を知る、と言う事であった。補正磁場コイルを利用して、傾き0の時はほとんど影響無しだが、2度程傾けると影響が見える、と言う事がわかった。ちょっとブルーだ。

磁場テスト終了後は、自室に戻り、ZY君と話し合い、TKさんと電話会談、AFさんとの議論などを行って、あっという間に一日が終了した。

帰宅後に、妻が日本への一時帰国のための荷造りをしていた。家族はもうすぐ日本へ一時帰国だ。暫く寂しくなる。

2008年5月30日金曜日

次男の誕生日

今日は次男の5歳の誕生日。アメリカに来た当初は、まだ2歳だった。すぐに3歳になった彼は、超甘えん坊の人見知り君からいっぱしのお兄ちゃんになってきた。幼稚園に通い始めた頃は毎日泣き暮らしていたが、今では幼稚園が楽しくて仕方ないくらい立派になった。もちろん英語などさっぱり分からなかったはずだが、今では普通に会話をしている。子供の成長は早い。もうすぐ彼らは日本へ一時帰国し、日本の幼稚園や小学校に通う。夏が終わって帰ってきた頃にどう変わっているのかまた楽しみではある。

という事で、夕方早めに帰宅して、Momotaroへ寿司を食べに行った。寿司が船に乗って出てきたら、子供達は大喜びだった。でも、次男はあんまり寿司を食べなかった。残念。

さて、今日の仕事は、午前中、自分の小角散乱データの解析を行った。未だに界面活性剤膜の構造を調べている。今回のは、ラメラ構造で膜の厚みを変えたときの構造を静的、動的に見てみる、という話。論文の原稿を書きつつある。小角散乱データとスピンエコーデータをうまく組み合わせて説明する為のデータ解析を行った。結果は良好で、このデータで論文にしてもいいかな、という気になった。このまままとめて行く事にしようと決めた。

その他、KS君の試料周りの後片付けを少し手伝ったり、彼のデータについて少し議論した後、SKさんのところへデータを示しに行った。今回臨界現象を調べた結果で少しよく分からない振る舞いがあったので、それについて説明したが、やはり彼もそういう振る舞いは知らないと言う。我々なりの説明もあるにはあるのだが、もしかするとそれでうまく行くのかもしれない。データはデータなので、それを信じるとして、さて、これまでにそういう結果があるのかどうかを調べるというのは少し大変な事かもしれない。

polymer divisionのVTさんが今日が最後の勤務という事で送別会があったのだが、SKさんとの議論中だったため参加出来なかった。VTさんは、僕がこちらに来て初期の頃から付き合いのある人で、x線の施設からこちらの研究所に移ってきた方だ。というわけで、X線、中性子線共に素養のある人で話していて面白かった。丁度、北大から来ていたTT君が世話になっていたのがVTさんでその流れで一緒に実験する事にもなり、彼の勤勉な姿は刺激になったものだ。彼がいなくなるというのは寂しい限りであるが、今後、ますます発展される事を祈るばかりである。

2008年5月29日木曜日

解析

夕べの酒が悪かったらしく、今日は朝から体調が最悪だった。お昼まで自宅で休んで仕事に行った。

メールを開くと、MI教授から実験データについてのメールが来ていた。データについて自分の解析結果を再度確認したりして、夕方には返事を送った。暫くこの件で考えなければならなさそうである。

他にもKS君のデータ解析の続きをやり、AFさんにそのデータについて少し話をした。また、前のサイクルにやった実験などについてのレポート作成をAFさんと一緒に行ったりした。

夕方には、TKさんから電話がかかってきて、昨日送っておいたレポートについて少し話が出来た。余りおかしな事は書いていないと言う事だったので、それを共同研究者のKさんに送った。

オークリッジの研究所に入構するために受けておかなければならないweb baseのトレーニングがあるのだが、それのほんの一部をすませた。本番はまだこれからだ。

そして、KS君と一緒にPrime Ribを食べに、Golden Bullに出撃した。

実験データ解析

本日は快晴。最近夏になって、快晴の日が続く。雷雨の日々はいつ来るのだろうか。

さて、今日は朝からデータ解析三昧の一日だった。

まず、昨日の続きで、ストーニーブルックのTKさんと一緒にやってる実験の、スピンエコーデータを解析する。いくつか面白い事が分かった。それをレポートにまとめて夕方にはTKさんに送った。

TKさんのデータ解析が終了したら、KS君のスピンエコーデータの解析を行った。こちらもいくつか面白い事が分かった。明日、もう少し解析して、KS君と議論する事にしよう。ちなみに、KS君も独立に解析をしているのだが、こういう面白いデータに関しては複数の人間で独立に解析する方が、後の不確定性がなくなるという点において重要である。最近時々話題になる、ねつ造とかという問題に対処する為にも必要なのかな。

KS君の解析で、前のサイクルに実験したデータの解析がほぼ終了した。続いて、お茶代のYSさんから来ていたメールの対処の為、改めてMI教授の実験データを眺めた。特に問題となっている条件での解析結果を吟味して、YSさんにメールを書いた。

という訳で、今日は前のサイクルにやった実験のデータ解析(スピンエコー分)をだいたい終わらせた。まだ少しやらなければならない事があるが、マイナーな事だと思われる。

これらの合間にも、AFさんがやってきて、VGSさんらと一緒にやった実験の小角散乱データの解析についての質問があったり、DNさん(サイエンスグループのリーダー)がやってきて、いくつかこれまでにやった実験の結果についての質問に答えたりした。

夕方帰宅した後、KS君と自宅で飲みながらいろいろ話をした。その中で、面白かったと言うか自分で話題をふったのだが、natureに掲載されている論文について、その内容等について、批判とも自分たちの方針とも言える様な話をした。彼のデータは面白いので、今後いくつかnatureクラスの雑誌に載る事になるだろう。うらやましい限りである。とはいえ、自分としては、自分の知り得た正しい知識を論文として世に問うて行くだけの事である。

2008年5月27日火曜日

連休明けの一日

本日は曇り。蒸し暑い一日だった。

昨日までアメリカは三連休。月曜日のメモリアルデーを境に、例年春から夏に変わる。今年も、この三連休は快晴で日差しもきつくなり、夏を思わせる日々だった。その三連休、動物園、ピクニック、ボーリング、噴水プールなど家族サービスと、夜は近所の皆で飲み会と、大騒ぎの三連休だった。

さて、連休明けて、筋肉痛のだるい体で職場に顔を出し、今日は適当に切り上げようと思っていたのだが…

午前中、AFがやってくる。磁場テストの事、マシンタイムの事などいろいろと打ち合わせ、それぞれ必要な連絡や解析を行う。KS君がやってきて、スピンエコーデータの解析結果を見せてくれる。少しおかしな所があったので、いろいろ調べて行ったら、解析の間違いに気がついた。という事で彼は一日解析のやり直しとなった。磁場テストの解析は途中まで連休前に終わらせていたのだが、今日見てみると若干の間違いに気がつき、また一からやり直しとなった。隣の装置で磁場をかけ、それをキャンセルするコイルの電流を流してスピンエコーを測定した所、基本的には殆ど影響がなく、うちの装置は普通に実験出来る、という事がわかった。ただ、少しだけおかしな点があったので、それが何の影響か、という事を理解するのに、結構時間がかかり、夕方近くになってようやく終わった。

昼飯はNJ会のメンバーととった。10月に新しく留学される予定のHさんが打ち合わせにこられているので、顔合わせ等を兼ねた昼食会だった。結構盛り上がり大幅に予定昼食時間を超過してしまった。

午後は、解析の続きを行った。ストーニーブルックのTKさんから電話がかかり、先週の小角とスピンエコーの結果で議論したいと言われる。スピンエコーのデータはまだ解析していなかったので、あまり大した事が言えなかったが、小角のデータについて少し議論をした。ということもあり、磁場テストの解析を終えた夕方に、ざっとTKさんのスピンエコーデータの解析を行った。前回測定したのと似た様な相関関数が得られたので、実験はまず成功だったと思われる。後はプロファイルの解析だが、それを明日の仕事にまわして、今日の仕事を終了した。

KS君が野球を観に行きたがった(ボルチモアvsヤンキース)というか、元々行こうかという話をしていたのだが、そんな訳で今日は忙しくて行けなかった。KS君の滞在も土曜日まで。金曜日のナイターがボルチモアvsレッドソックスなので、このゲームを観に行く事を検討し始めた。

2008年5月25日日曜日

カブトガニ

5月20日の夜中に行った、カブトガニ見学ツアーの詳細をアップします。

Rockvilleを出発したのが午後6時30分頃で、大西洋を目指して車で走ります。I270→I495→US50→MD404→MD313→MD317→DE14→DE1→DE36と道を変えながら、Slaughter Beachを目指しました。地図でいうと以下の通り。



途中には、Chesapeak bayを横切る大きな橋、Bay Bridgeがあります。



片道およそ3時間、午後10時前には目的のSlaughter Beach付近にいました。この辺りは、海岸のリゾート地と言う感じです。ビーチの向かいには住宅が並び、道路とビーチが10mくらいしか離れていないのに、道路からは海岸が見えません。暫く道に迷って、通り過ぎたりしながら、なんとかビーチに到着。



カブトガニは、日本では天然記念物になっています。この生物はおよそ2億年の間、ほとんどその姿形を変えずに現在まで生存して来た生物だそうです。実は北米のこのあたりの海岸は沢山のカブトガニがやってくる事で有名だそうで、我々はそう言ういろんな情報を元に知り得たと言う事です。特に、参考にしているのが、こちらのブログこちらのブログなどです。特に、後者はカブトガニについての詳細についても調べてあって、参考になります。要するに、カブトガニは5月から6月の大潮の夜に産卵のために海岸線までやってくる、ということ。5月20日は満月で、午後11時頃が満潮でした。

Slaughtere beachでは、しかし、残念ながら生きたカブトガニをみる事ができず、死骸や割れた甲羅が散乱している状態で、しかもゴミが多い。どうも最近のstormで海岸線もやられてしまったらしく、状況は良くない。下の写真は息子たちが見つけたカブトガニの死骸です。こういうのが散らばっているだけで、生きたカブトガニの気配はありません。



この海岸で暫くうろうろ探しまわりましたが、どうもこの海岸にはいなさそう、ということで、別の海岸を目指すことにしました。それは、先に触れたブログなどで目撃情報が得られていたところです。



目指したのはPort Mahonで、赤線で示したルートで行きました。が、Port Mahonへの入り口を見つけることができず(実際には、Road Closedだったそうです)方針を変更。南下しつつ、そこらの海岸へアタックする、というものです。Bowers Beachに来た時です。ここの海岸にカブトガニがきていました。


何か見つけたよ、と言ってくるS君。


見つけたカブトガニを捕まえて喜ぶ長男。


波間に漂うカブトガニ。

今回は、そんなに大量ではなかったですが、確実にその存在を確認できて良かったです。子供たちも眠いはずだけど、かなりはしゃいでいました。S君は4年間カブトガニにさわる事を夢見ていたそうで、実験に来たアメリカで思いがけず夢を実現できたそうです。

大西洋まで往復6時間。運転手には少々つらいですが、海岸でカブトガニを発見した時には興奮します。子供たちにもナマの古代生物に身近に触れられる良い機会。ということで、カブトガニ見物はお勧めです。次回は6月18日が満月です。6月17日、18日の深夜が満潮のようです。新月でもみられるんじゃないかな、と思いますが、確かめてはいません。

2008年5月23日金曜日

次の半年のビームタイム 

今日は朝から晴れ。気持ちのよい一日だった。

スピンエコー装置の周辺装置からの影響を確認する実験は今朝も続いていた。今日は磁石を変えて磁場の影響をテストする。そこで、炉室で使っている磁場装置をガイドホールに持ってくる。人手がないので、僕も手伝う。何したら良いのかわからないし、「tfree=95」ってコマンド入力して!と頼まれるも、動かない。そしたら、「dfree=95」の聞き間違いらしく、またコマンド入力するも、動かない。仕方がないので、紙とペンを持って行って、コマンド書いてもらったら、「d3=95」だった。聞き間違いも甚だしい…そんな感じで、余り役に立たないけどなんとか手伝いも終了して、新しい磁石での影響を調べはじめた。

並行して、今日はビームタイム決定委員会の日なので、午後はそのために待機。呼ばれて部屋に行ってみると、前回いたメンバーと今回新しく来たメンバーといて、とりあえず挨拶を交わす。いくつかの課題についてコメントを求められ、それに答えた。それにしても、今回のマシンタイム、僕にとっては良い結果となったのだが、他の二人の装置担当者には厳しいものとなった。こうなったら、採択してもらった課題についてはしっかりと結果を出して論文にしなければ割にあわない、と言うことになってしまう。

それが終わった後は、実験データの解析を行った。

帰宅しようとしたところ、Dobrinが来ていたので、久しぶりに話をした。論文を投稿してくれと頼み、彼らは飲みに出かけて行った。今日は、次男がpre-schoolを卒業する日なので、飲みに行きたかったが帰宅した。そして、皆で食事をとっているところへ、Antonioから電話が。

「原子炉とまった」

一所懸命頑張って明日の朝までかけていた磁場テストのランは、途中で終了してしまった。今回のデータだけでうまく行っている事を確認できると良いのだけれど、それはどうだろうか。。。解析してみなければわからない。

それにしても、中性子散乱ではつきものの、原子炉トラブル。今回は冷却水かなんかのトラブルらしい。こういう細かなトラブルでもきちんと停止して大きな事故を未然に防ぐ様に出来ている原子炉の運転はすばらしいのだけど、実験中の身にとっては、いきなり中性子がなくなると困ってしまう。

2008年5月22日木曜日

磁場テスト

今日は晴れて気持ちのいい一日だった。

昨日から隣の装置がうちの装置に与える影響を調べる実験をはじめた。となりの装置に磁石をおいて、その磁石の磁場をキャンセルするコイルを置いて、スピンエコーの分解能を測定する、というもの。ところが、夜中の1時にスピンエコーがダウン。気がつかず朝まで放置。その後、条件を変更して明日の朝までの測定をかけることにした。

その後は、久々に自分のオフィスで落ち着いてパソコンに向かう。いくつかのペンディングにしていたメールの返事を書き、Physical Review E論文の図の修正をして再投稿(論文受理だが図の修正が必要だった)。その後、小角散乱セルを片付けに実験準備室にこもる。S君とカフェテリアで昼食をとった後、引き続き実験室で片付けをする。合間合間でオフィスに戻り、実験データの解析を並行して進める。実験の片付けも終わった午後4時過ぎ、Vijayが訪ねて来て、Antonioと一緒に、以前測定したスピンエコーデータについて議論した。それが終わって明日の磁石変更の打ち合わせを少しして、散髪のため職場を後にした。

自宅で夕食をとった後、明日のマシンタイム決定委員会に向けて申請書を再度読み直した。明日はマシンタイム決定の会議にオブザーバーとして出席する予定である。また、朝から磁石を変更して新しく測定をかけることになる。

ところで、先日測定した小角散乱データの解析結果は少し不思議な傾向を示している。高濃度では予想通りの振舞をするのだが、低濃度で少しおかしい。これでは論文に出来ないので、再度数時間のマシンタイムを依頼しよう。

2008年5月21日水曜日

論文受理、大西洋そして実験

昨日の事になる。昨日は、晴れ。今日は晴れ曇り。

朝職場でメールチェックをすると、Physical Review Eに投稿していた論文が受理された、との連絡が来ていた。この論文は、スピンエコー法を使った新しい解析法について議論したものだ。方法論のアイディアは確か2002年に得ていた物で、それを証明して論文にするまでにおよそ6年の歳月を要した、という事になる。時間はかかりすぎた感があるが、内容には満足している。去年の論文(小角散乱の新しい解析法)とこの論文は自分にとっては意味のある論文になるであろう。

まだ実験は続いていて、昨日は僕の小角実験を始める番だった。朝ZY君の実験終了後、試料をセットし夕方まで測定を続けた。試料をセットし終わった頃、古賀さんがやってきた。スピンエコーと小角の実験の打ち合わせをして、昼食。昼食後、夕方まで自分の測定を続けて、測定条件を変更10時間程度の測定をかけた。

ここからが本日のメインイベントで、「大西洋に本日産卵にやってくるカブトガニを見学すべし」というテーマのもと、家族と、日本から来ているS君で、デラウェア州のビーチまでドライブして行った。片道およそ3時間の道中である。カブトガニは、英語ではHorseshoe crubと言います。形が馬蹄に似ているからでしょうか。それが、5月頃の満月の満潮時に産卵の為に海岸に現れる、というのです。ここ北アメリカの大西洋岩は沢山のカブトガニがやって来る事で有名なのです。今回の計画は以前、このカブトガニを見に行った、というKさんの助言で成り立っています。Port Mahonという海岸か、Slaughter Beachという海岸が見所だ、という情報を仕入れ、満潮時刻の11時前には到着すべく、午後7時頃には高速道路の上に。3時間弱で現地(Slaughter Beach)に到着。でも、日本と違って、ビーチは見える訳ではなく、ビーチ手前にある沢山のリゾートホームの向こう側の海岸に行かなければなりません。それを知らない我々は、ひたすらドライブして海を探す訳ですが、見つからない。何度か道に迷ったあげく、どうにか海岸にたどり着きました。そこで見た物は、カブトガニの死骸、カブトガニの割れた甲羅、など。。。カブトガニがこの海岸に来るのか、それとも死んだ物が流されて来るのか定かではありません。生きたカブトガニは結局見つけられませんでした。そこで、以前の目撃情報のあるPort Mahonを目指して北上。満潮時刻頃にはその近くまでやってきました。ところが、その海岸へ行く道を見つける事が出来ません。そこで、方針を変更し、道路を南下しつつそれらしい海岸に立ち寄ってみる、という作戦に変更しました。3つ目の海岸です。Bower beach(だったかな?)に行って海岸線を見たときです。カブトガニが、生きたカブトガニがいました。子供達をすぐに呼びに行き、皆で観察しました。生きたカブトガニが産卵の為に海岸線にやってきて働いている姿を目の当たりにし、感激しました。長男はカブトガニを平気で捕まえて遊んでいました。他の子達はおそるおそるカブトガニに触れていた、あるいは眺めていた、という感じです。でも、往復6時間程度をかけてやってきたかいがあって、カブトガニを見る事が出来ました。写真は後日アップします。

帰り道、車の中では全員就寝。僕はというと眠い目をこすりつつ、ひたすら自宅を目指しました。途中2度程一瞬落ちましたが、なんとか無事帰宅出来てほっとしました。

そして、職場へ戻り、朝までの測定をかけて本日の業務が終了しました。最終的に帰宅したのは午前4時を回っていました。そして、朝9時には職場へ復帰して次の測定準備をした訳です。

その後も、小角散乱実験、スピンエコーでの磁場実験準備、開始、と丸一日働きました。眠かった。

そして、受理された論文について図の修正を依頼されているのだけれど、未だに一つも修正出来ていないというわけです。明日には修正出来るといいな、と心から思っています。

6年越しの論文受理、カブトガニとの遭遇、実験の無事の終了と、昨日と今日は充実した日となりました。

2008年5月19日月曜日

小角実験終了そして開始

本日は晴れ。でも、気温が低かった。

今朝でS君の小角実験が終了。結局3日間で、ファイル数が500くらいになったらしい。まぁ、良く録ったもんだ。解析がまた大変そう。それにしても楽しい実験だった。

そして、圧力装置を片付けつつ、次の測定、ZY君の脂質膜系の設定をしてもらう。実験担当者もSteveからPaulに交代。Y君の実験はマイルドな条件なので今日は休める。

午前中は、圧力容器の片付け、Y君の実験計画の打ち合わせと立ち上げ、スピンエコーの様子チェック、ACNSから帰ってきたAntonioらと話をしてたらあっという間に終わった。昼食後、徹夜明けのS君は帰宅(動物園に行くとか言っていたが、本当に行ったのだろうか…)、僕は明日の小角実験用に試料調整をした。結局試料調整が終了したのが4時頃で、Y君の実験の様子を見に行った。すると、やはりACNSから帰ってきたDanがやってきて、いろいろ喋った。面白かったのは、中性子散乱やってる研究者で、ウェイトリフティングのオリンピック候補者がいるとかで、ACNS終了を待たずに、その予選会に出かけて行った人がいるらしい。いろんな事やってる人がいるもんだと、感心した。そんなこんなであっという間に時間が過ぎて、自分の部屋に戻ったら6時頃だった。ようやくメールチェックをしたのだが、眠くて内容がよく分からない。返事を書くのを諦めて、帰宅する事にした。

明日は自分の実験ができるらしい。Y君にマシンタイムを分けてもらうのだ。論文用に必要なデータ録り、ということで、気合いを入れて試料調整した。いい結果が出ます様に。

ところで、先日購入したTennessee産のウィスキーがなくなった。結局、9日間でなくなった事になる。うーん。意外に早くなくなったなぁ…

実験→Air show→飲み→実験…ん?朝?

曇り→雨→晴れ、とまたしても変わりやすい天気。

朝、小角散乱実験の試料交換に行く。9時頃職場を後にし、IさんとFさんと合流し、Air showを見に行く。このAir showについては、うんちくもいろいろあるのだが、今日は力つきそうなのでまた後日。

いろんな飛行機の曲芸飛行を見るはずが、現地についたら雨。しかも、寒い。赤ん坊も一緒に来ているし、皆が風邪をひいてもいけないので、後ろ髪を引かれつつ現地を後にする。帰路、なんだか晴れてくる。うーん。もう少し粘れば見れたのかも?その後、我が家にて昼食をとりつつ一杯飲む。語る。

午後8時頃、職場へ復帰。実験の経過をS君に聞く。今日の実験もうまく行ったそうだ。スピンエコー実験も彼の分は今日で終了し、今度は、古賀さんと一緒にやってる系の試料を測定にかけた。

小角散乱実験は、S君は明日の朝で終了。なので、最後にもう一サンプル、と思っていたのだが、試料のセットに手間取り、気がつけば4時。もうすぐ朝じゃんか。長い一日だった。

明日は、S君の小角終了後、ZY君の小角実験開始。というわけで、いつも通り、9時には職場にいなければ。さらに、スピンエコーは引き続き測定中、ということで、まだまだ一息つけません。眠い。

2008年5月18日日曜日

小角散乱実験二日目

本日の天候は、午前中から夕方まで晴れで、夜少し雨が降った。

小角散乱実験の二日目なので、土曜日だが朝から職場へ。夕べから臨界現象の測定をしているのだが、なかなか興味深い結果が得られている。実は今を去る事十数年前、臨界現象について研究した事がある。というか、それが僕がこの世界に入った最初のテーマである。学生だったからか、不勉強だったからか、当時は分かった様でよく分からない事も多かった臨界現象。今回、改めて見てみると、臨界現象は数ある物理現象の中でも美しい振る舞いをするものの代表格だろう。その臨界現象について、今までの僕の認識とは少し違う認識を持つ事が出来そうな結果で、実は結構興奮している。詳細は改めて解析が必要であろうが、S君の系はいろいろと面白いことが多い。

と言いつつ、実は6-7年前に今と同じ系を測定した事がある。その時はこの面白さに全く気がつかなかった。そのとき測定したデータは結局お蔵入りしてしまった。そして、今回実験して分かった事は、当時やった実験は、全く考えが浅くて、面白い所から離れて行く方向にしか実験していなかった事が分かった。そのとき少し違う事を考えていたら、もしかしたらその時にこの面白さに気がついたのかもしれない。でも、月日が経って、その同じ系をS君がアメリカまで持ってきてくれて、一緒に実験出来ている事に不思議さと面白さを感じている。

ところで、スピンエコーの実験も実は継続中である。そちらの方は、温度変化で長時間測定をかけていて、着々とデータが溜まっている。今日の夜には、少し条件を変えての測定を開始した。明日の夜には終了する。そしてその後は、別の試料を測定開始する予定である。

それにしても、今週は実験三昧であった。来週もしばらく続く。

最後に、今日の帰宅は午前1時30分頃だったのだが、帰る道々一つの不思議があった。バス停で、バスを待っているらしい男性が立っていた。こんな時間にバスがあるとはとても思えないのだが、彼はいったい何を待っていたのだろうか?

2008年5月17日土曜日

小角散乱実験開始

今日は曇り時々雨、時々晴れ

さて、今日からS君の小角散乱実験でした。午前中は、圧力セルのセットアップからはじめたが、あっさりと立ち上がり、測定開始となった。少し遅めの昼食(今日は、ベトナムのフォー)をとり、午後からも測定を続ける。加圧下での温度誘起臨界現象の実験からはじめた。夕方には、スピンエコー装置の実験条件を変更し、夜、小角散乱の実験条件を変更してどちらもover night runとなったところで帰宅した。

アメリカ中性子学会に参加していた連中が段々帰ってきた。ZY君も帰って来た。来週の月曜日から彼の小角散乱実験が始まるので、その試料準備の相談と、学会でのやり取りなどを報告にきてくれた。彼にとっては有意義な議論が出来た会議だったようである。

昨日からの風邪がどんどん悪くなっている。やだやだ。

ところでベトナムのフォーについて少し。
米粉から作った麺をベトナム風のスープと一緒に食べる。スープは脂っこくなく後味がすっきりしているが、比較的味はしっかりついている。だしもきいている。私が普段好んで食べるのは、牛肉のいろんな部位が少しずつトッピングされたもの。名前はよくわかんないけど、「全部入り」みたいな感じで注文する。一緒に、もやし、パクチー、唐辛子とライムがついてくる。これらを適当に丼の中に入れて食す。辛みを付けつつも、そこそこ上品で美味しい。最初パクチーの匂いが気になっていたが、今では割と病み付きである。美味しいラーメンに簡単には巡り会えないアメリカではかなり重要な麺食である。

2008年5月15日木曜日

打ち合わせいろいろ

今日も晴れだったが、時々曇り。ガイドホールの中が寒くて風邪ひきそうだ。

午前中は実験状況のチェックと解析、及び数件の打ち合わせを行う。

午後は試料交換を行い、今後の実験方針などをデータを見ながら相談した。その他、Kenと装置の打ち合わせ、Steveと明日からの実験の打ち合わせなど、少しずつだが数件の打ち合わせをした。段々打ち合わせる事が増えて来た。

明日からはスピンエコーと小角の同時実験になる。うまくこなせるよう今日はしっかり休養をとっておこう。

2008年5月14日水曜日

引き続き実験中

本日も晴れ。二日続けて気持ちのいい一日だった。

昨夜1時か2時頃、電源トラブルで装置が停止した。すぐ復旧させに職場へ行き、1時間程で復旧できた。朝、家を出ようとしたら、またポケベルが鳴った。装置が停止したらしい。やはり電源トラブルだった。つい2日前までは調子が良かったのに、今日は良くトラブルが発生する。丁度、試料を交換して分解能を測定しようと思っていたので、標準試料に変更。S君の試料がなんだか変だった。何故かはわからない。その後、小角散乱用の圧力セルの組み立てをS君と一緒に行う。Steveも途中から来てくれて、圧力テストの様子を見て行った。セルの組み立ても、圧力テストも順調に終了。最高圧力200MPaまでテストした。金曜日からの実験が楽しみである。

午後は、S君のスピンエコーデータの解析。この試料、強度が強い上に、スピンエコーの時間領域でちょうど良く緩和する。ものすごく奇麗なデータが取れている。結果も面白い。

帰宅後は、妻が教会の英語教室へ行く日なので、子供たちといろいろしゃべった。食事後、油断したら寝ていた。焦って彼らを風呂にいれ、寝させた。昨日長男の下前歯三本を歯医者で抜いたところが、今日は随分奇麗になっていた。乳歯が永久歯に生え変わるから抜いたのだ。永久歯が出て来てるのに乳歯が勝手に抜けなかったのだ。昨日は歯磨きするのも恐々だったが、今日は随分ましだった。

2008年5月13日火曜日

やってしまった

本日は朝から快晴。久しぶりに晴れて気持ちがよかった。

午前中はS君のスピンエコー実験の立ち上げ。まず、高温から測定開始、ということで分解能を測定しながら温度を上げておきました。試料をセットして強度チェック。その後再度分解能の続きを測定しようと思っていたのだが、若干問題があって、そのまま試料の測定を続ける事になった。結局分解能測定する前に試料の測定をしているので、少し嫌な感じ。明日には温度が下がるので、温度が下がったら一旦試料を外して分解能測定をする事にした。

午後、小角散乱実験の準備で、圧力セルの使い方をS君に教えていた。少し違和感があるな、と思いつつ、ねじを締めて行った所…窓を割ってしまった。圧力かけてもないのに、窓を割ってしまった。こんな事は過去になかったなぁ、と思いつつ、原因も判明。単純に僕のケアレスミスでした。情けない。でも、まぁ、これでS君も慎重に圧力実験してくれる様になるでしょう、と思いますが、まぁ、ショックでした。

そういえば、お茶大のSさんが帰国されたと連絡があった。データと装置を送らなくては。

2008年5月12日月曜日

実験準備など

今日は一日雨だった。

午前中、日本から来ているKS君と実験の打ち合わせ。今回は、明日からのスピンエコー実験と金曜日からの小角散乱実験の二本立てなので、それぞれ狙いをはっきりさせておく必要がある。小角散乱については、日本での打ち合わせも比較的良く出来ていて、狙い、計画ともに比較的すんなりいった。スピンエコーについては日数も短いので、テスト的に一番見たいところを見てみる、と言う事でまとまった。

昼食をカフェテリアでとった後、KS君は試料調整。僕は自分の部屋に戻った。

同室のJSGがフランスから帰って来て職場に顔を出していた。彼はグルノーブルにある研究所での中性子散乱実験に行っていたのだ。実験は余り芳しい結果ではなかったそうだが、2Tの磁場中でのスピンエコーを測定しているらしい。それがうまくいっている、と言うので大変興味深い話だった。その後、今後のマシンタイムの割り振りの事なども話をして、彼は時差ぼけもあるのだろう、割と早めに帰路についた。

来月のオークリッジにある研究所での中性子散乱実験について、user officeから手続きする様にとの連絡が来たので、早速必要情報を入力、送信して手続きを済ませた。

2008年5月11日日曜日

US Army Ordnance Museum

私の通う某研究所には所属する日本人有志による日本人会(以後NJ会)があります。今日は、NJ会のメンバーでメリーランド州ボルチモアから10-20マイル程北にあるUS Armyの基地に行ってきました。ここには、野ざらしにされた戦車がおかれ、無料の博物館として一般人に開放されています。

我が家のあるRockville市から高速道路を使って1時間強で目的地に到着しました。基地ですので、入り口で入場許可を得ます。運転免許証orパスポートを提示し、また、車の登録証(日本で言う車検証のようなもの)を提示すると、下の写真のような証書が貰えます。



そして、基地の中を車で走る事5分くらいで、目的の戦車野ざらし博物館に到着しました。



先ずは、上の写真の博物館の中へ。中には、機関銃だの拳銃だのと言った武器が展示されていました。世界中のいろんなのが飾ってあって、中には日本の機関銃(第二次大戦頃のもの)もありました。外のベンチで昼食後、戦車を見て回りました。



丁度、上の写真の様に、芝生の上に、戦車が展示されています。全部で、50台以上は展示されていると思います。結構広いです。



上の写真は、左から、NJ会Oさん、Kさん(Hさんのおくさん)、Hさん、我が次男です。右側に、戦車が並んでるのが良く見えると思います。



最後のこの写真は、ちょびを我が長男が撮影してくれたものです。少し、構図が悪いですが、まぁ、上手に撮ってくれました。

この博物館ですが、外の戦車を見るには、小さい子供がいても、まぁ良いですが、博物館の中の機関銃などを見せるのは少し抵抗感がありました。ここはアメリカで銃に触れる(見たり聞いたり)機会は日本に居るより豊富です。そう言う意味では、しっかりこういう武器の怖さを知っておいてほしいと思いますが、でも、余り小さい時から見せるのはどうなんだろ?という気もします。外の戦車は、本来、怖いものですが、こういう風に展示してあると日本で言うSLなどの古いのが展示してあるのと同じ感覚になりました。そんな中で遊んでる子供たちを見てるのは楽しくもあり、きちんと戦争の怖さを教える必要性を感じたり、いろいろ考えました。男の子は気に入るスポットだと思います。家の娘は、少なくとも博物館の建物の中で銃を見ている間はおびえてる感じがしましたので、女の子は余り好まないのかな、と思いました。