今日はアメリカ独立記念日。
朝から仕事。最近進んでいない仕事があるのでとにかく集中して仕事。でも、子供たちは部屋で集中して何かを続けるのはとても難しい。とにかく、原稿の修正を行い、ホテルのフロントに頼んでプリントしてもらったところであきらめて、午後はプールで遊ぶ。
夕方6時過ぎから花火会場へ。4時間近く待ってようやく花火が始まる。アメリカで今まで見た中では最も花火らしい花火だった。
2011年7月5日火曜日
2011年7月3日日曜日
2011年7月3日 Bluespring caverns
午前中は、知的作業をすることにして、みんなでそれぞれお勉強。
午後、さすがに子供たちがやかましくなってきたので、どこかでかけられるところを探す。30-40分程度の位置にまたしても洞窟を発見。ボートライドができるらしい、ということで、プールに入りたいとか言い続けてる子供たちを車に詰め込んで行ってみた。
こじんまりとした小屋がその入り口であった。Bluespring cavernsという名のこの洞窟は、その昔、といっても40数年前までは湖の底に眠っていた。ある年洪水が発生し、一夜にして、湖の水がなくなった。そしてそこにはぽっかりと洞窟が顔を現していたのだそうだ。
洞窟に入ると、ここもひんやりしていて気持ちいい。すぐに水面が見え、ボートが浮かんでいる。ボートに乗り込み1時間ほどのボートライド。洞窟の中をガイドが案内してくれるのだが、南部訛が強すぎて半分くらいしかわからなかった。洪水によって作られた洞窟だけど、カルスト地らしく、鍾乳石が成長していた。洞窟内で電気を消しての完全な暗闇や電気とともに音も消した完全なる静けさも体感させてくれた。
ブルーミントンから1時間足らずのこの場所はもしブルーミントンに訪れたなら、一度行ってみてもいいところかもしれない。
夜、花火が計画されているので出かけたのだが、途中でものすごい雲と雷が見えたので急遽引き返す。ホテルに戻ったら土砂降りとなった。行かなくてよかった。
午後、さすがに子供たちがやかましくなってきたので、どこかでかけられるところを探す。30-40分程度の位置にまたしても洞窟を発見。ボートライドができるらしい、ということで、プールに入りたいとか言い続けてる子供たちを車に詰め込んで行ってみた。
こじんまりとした小屋がその入り口であった。Bluespring cavernsという名のこの洞窟は、その昔、といっても40数年前までは湖の底に眠っていた。ある年洪水が発生し、一夜にして、湖の水がなくなった。そしてそこにはぽっかりと洞窟が顔を現していたのだそうだ。
洞窟に入ると、ここもひんやりしていて気持ちいい。すぐに水面が見え、ボートが浮かんでいる。ボートに乗り込み1時間ほどのボートライド。洞窟の中をガイドが案内してくれるのだが、南部訛が強すぎて半分くらいしかわからなかった。洪水によって作られた洞窟だけど、カルスト地らしく、鍾乳石が成長していた。洞窟内で電気を消しての完全な暗闇や電気とともに音も消した完全なる静けさも体感させてくれた。
ブルーミントンから1時間足らずのこの場所はもしブルーミントンに訪れたなら、一度行ってみてもいいところかもしれない。
夜、花火が計画されているので出かけたのだが、途中でものすごい雲と雷が見えたので急遽引き返す。ホテルに戻ったら土砂降りとなった。行かなくてよかった。
2011年7月2日土曜日
2011年7月2日 Lincoln Boyhood National Memorial Park
今週末は、Independence Day (7/4)を祝う週末で、3連休。さて、何をしましょうか。
ブルーミントンから車で2時間ほどの場所に、Lincoln Cityという町があり、ここに、Lincoln Boyhood National Memorial Parkがある。Lincolnとは言わずと知れた、アメリカ16代大統領Abraham Lincolnのことである。子供たちが学校でよく習ってくる大統領の一人である。
1809年にKentuckyで生まれたAbrahamは1816年にIndianaに移住する。1830年までの14年間、7歳から21歳の期間をIndianaで過ごしたのだそうだ。このnational parkはその土地に作られたものである。Lime Stoneで作られた奇麗なvisitor centor、Abrahamの母Nancyとその他Indianaのpioneerを祀ったPioneer Cemetery、遊歩道、Abrahamの時代を再現したFarmなどからなり、Abrahamの幼年期を考えるによい場所である。Visitor centerでは30分おきに映画が上映され、AbrahamがIndianaで過ごした期間の歴史的背景が説明される。母Nancyは賢くて優しい母であったのだが、White snake-root plantと言う有害な草を食んだ牛から採取された牛乳を飲み、帰らぬ人となる。この頃の人々はmilk sicknessと呼んだそうだ。その後、父ThomasはKentuckyから新たな妻Saryをめとり、小さな小屋に8人での生活を送ることとなる。Saryには3人の子があり、Abrahamと姉のSarah、いとことの共同生活ということになる。Abrahamはこの地で、父の手伝いをすることで農夫、あるいは大工としての能力を身につける。青年になったAbrahamはOhio riverを往来する船に乗り遅れた人を運ぶことで重要な生活の糧を得ていたらしい。Ohio riverの渡し船を経営する陣営からこれをねたまれ訴訟を起こされる。その法廷でAbrahamは「自分は渡し船などしていない。川の真ん中まで船をこぎだしただけだ」と主張し、これが認められたのだそうだ。若い頃から知的な一面とユーモアを持った人物であったらしい。彼は本を読むのが好きで、その当時高価であった本、身の回りで目にすることのできた本はすべて呼んだのだそうだ。George Washingtonの伝記を読んで感動したりしたそうだ。さらに、初めて訪れたNew Orleansで奴隷売買を目の当たりにし、人類の平等を考えさせられるきっかけとなったのもこの頃のことだそうだ。その後、1830年にIllinoiに移住し、1861年に大統領となりWashington DCに移ることとなる。1865年の4月に暗殺されるまで大統領としてリーダーシップを発揮したとのこと。そのリーダーシップはこの頃のパイオニア精神が大きく関わった、という説明であった。
日本でもAbraham Lincolnのことは学ぶし、伝記も読んだはずだ。でも、このような土地でその人の生い立ちを目の当たりにすることによる新鮮な感覚は、何か代え難い示唆を与えてくれるような気がする。貧乏な家庭で育ったAbrahamがアメリカの大統領として1800年代に大統領足り得たことを考えると、日本の貴族制度や将軍の世襲制、ひいては現在の政府のていたらくと鑑みても重要な歴史的事実と考えることができるのではないか。リーダーシップとはパイオニア精神の現れであり、研究者として活動する自分もパイオニア足り得たいと思いを新たにするのであった。また、これを見た子供たちが何かを感じてくれていたらそれもまた何者にも代え難い。
夕方は近くの大学キャンパスで行われた花火大会を見物に行く。153発までは間延びした花火であった。その後連射があり、それでおしまい。やっぱり日本の花火が懐かしい。
ブルーミントンから車で2時間ほどの場所に、Lincoln Cityという町があり、ここに、Lincoln Boyhood National Memorial Parkがある。Lincolnとは言わずと知れた、アメリカ16代大統領Abraham Lincolnのことである。子供たちが学校でよく習ってくる大統領の一人である。
1809年にKentuckyで生まれたAbrahamは1816年にIndianaに移住する。1830年までの14年間、7歳から21歳の期間をIndianaで過ごしたのだそうだ。このnational parkはその土地に作られたものである。Lime Stoneで作られた奇麗なvisitor centor、Abrahamの母Nancyとその他Indianaのpioneerを祀ったPioneer Cemetery、遊歩道、Abrahamの時代を再現したFarmなどからなり、Abrahamの幼年期を考えるによい場所である。Visitor centerでは30分おきに映画が上映され、AbrahamがIndianaで過ごした期間の歴史的背景が説明される。母Nancyは賢くて優しい母であったのだが、White snake-root plantと言う有害な草を食んだ牛から採取された牛乳を飲み、帰らぬ人となる。この頃の人々はmilk sicknessと呼んだそうだ。その後、父ThomasはKentuckyから新たな妻Saryをめとり、小さな小屋に8人での生活を送ることとなる。Saryには3人の子があり、Abrahamと姉のSarah、いとことの共同生活ということになる。Abrahamはこの地で、父の手伝いをすることで農夫、あるいは大工としての能力を身につける。青年になったAbrahamはOhio riverを往来する船に乗り遅れた人を運ぶことで重要な生活の糧を得ていたらしい。Ohio riverの渡し船を経営する陣営からこれをねたまれ訴訟を起こされる。その法廷でAbrahamは「自分は渡し船などしていない。川の真ん中まで船をこぎだしただけだ」と主張し、これが認められたのだそうだ。若い頃から知的な一面とユーモアを持った人物であったらしい。彼は本を読むのが好きで、その当時高価であった本、身の回りで目にすることのできた本はすべて呼んだのだそうだ。George Washingtonの伝記を読んで感動したりしたそうだ。さらに、初めて訪れたNew Orleansで奴隷売買を目の当たりにし、人類の平等を考えさせられるきっかけとなったのもこの頃のことだそうだ。その後、1830年にIllinoiに移住し、1861年に大統領となりWashington DCに移ることとなる。1865年の4月に暗殺されるまで大統領としてリーダーシップを発揮したとのこと。そのリーダーシップはこの頃のパイオニア精神が大きく関わった、という説明であった。
日本でもAbraham Lincolnのことは学ぶし、伝記も読んだはずだ。でも、このような土地でその人の生い立ちを目の当たりにすることによる新鮮な感覚は、何か代え難い示唆を与えてくれるような気がする。貧乏な家庭で育ったAbrahamがアメリカの大統領として1800年代に大統領足り得たことを考えると、日本の貴族制度や将軍の世襲制、ひいては現在の政府のていたらくと鑑みても重要な歴史的事実と考えることができるのではないか。リーダーシップとはパイオニア精神の現れであり、研究者として活動する自分もパイオニア足り得たいと思いを新たにするのであった。また、これを見た子供たちが何かを感じてくれていたらそれもまた何者にも代え難い。
夕方は近くの大学キャンパスで行われた花火大会を見物に行く。153発までは間延びした花火であった。その後連射があり、それでおしまい。やっぱり日本の花火が懐かしい。
2011年7月1日金曜日
2011年7月1日 移動日
昨日の計算が間違っていたことに気がつき、目が覚める。起き抜けに修正し、PBさんに送信し直した。単に、単位を間違えていただけなので本質的には問題がないのだが。で、テネシーからインディアナに移動するので、途中に何か面白そうなものがないか探し、洞窟を見つけたので、必要な時間を計算し、早速全員を起こし、朝食、チェックアウトを済ませ、出かけようとした。家内が一カ所電話して支払いについて確認してくれ、というので、電話して詳細を聞いてみた。請求額が思っていたより高かったのだが、それはearly termination feeつまり、契約の早期解除によって発生するとのこと。契約期間は2年、ということなのだが、そんなことは聞いていなかった(契約していたのはおよそ半年だが、半年前には家を変わることはわかっていた)ので、その旨伝える。しばらくやり取りした後、160ドルくらい請求されていたものが、4.12ドル、ということになった。不思議。
とにかく、ホテルを後にし、ケンタッキーを目指す。目的地は、Mammoth Caveである。この洞窟は、なんと530km以上にわたって洞窟がつながっているそうで、世界一の長さを誇るのだそうだ。世界遺産にも指定されているとのこと。ちょっと遠回りすれば見れるので、行かない手はない。4時間ほどのドライブで到着。
本当は、Frozen Niagaraとかいうツアーに参加したかったのだが、チケットは売り切れ。その他のツアーは時間的にあわなかったりした。係の人がdiscovery tourなら無料で洞窟に入れるよ、というので、それに行くことにした。アメリカではこれまでもいくつか洞窟に入ってきたのだが、洞窟特有のひんやりとした感覚に出会うことはまだなく、ここもそんなもんだろう、と高をくくっていた。ところが、洞窟入り口に近づくにつれてひんやりとした空気が。これは期待できるぞと、中に入ってみると、かなりひんやりと気持ちいい。
この洞窟は、4000年ほど前にネイティブアメリカンが発見し利用していた痕跡が発見されているとのことで、古くからこの地域では知られている。掲示によると、325億年前Late Misissippian Periodには北アメリカ大陸のケンタッキー州のあたりは南緯10度程度に位置していたらしい。ancient Missouri river(だっけ?)が石灰岩や粘土層を削り、このような洞窟が形成されたとのこと。日本でおなじみの鍾乳洞のように上からしみ込んだ水によって削られた訳ではないので、鍾乳石などは見かけられない(場所によってはあるらしい)が、石灰岩、この辺りではLime Stoneと呼ばれる岩、が広く削り取られ地底都市建設もできそうな空間が広がっていた。なかなか見応えのある洞窟で、1時間程度の散策では物足りなかった。移動の途中ということでこれであきらめたが、また訪ねるべき場所と思う。なかなかよい経験であった。
Lime Stoneという岩はインディアナで特産と聞いていたのだが、どうやらケンタッキーからインディアナに至る広い地域で産出されるもののようで、この岩を使って作られた家は、ベージュ系(?)の色合いできれいだ。
とにかく、ホテルを後にし、ケンタッキーを目指す。目的地は、Mammoth Caveである。この洞窟は、なんと530km以上にわたって洞窟がつながっているそうで、世界一の長さを誇るのだそうだ。世界遺産にも指定されているとのこと。ちょっと遠回りすれば見れるので、行かない手はない。4時間ほどのドライブで到着。
本当は、Frozen Niagaraとかいうツアーに参加したかったのだが、チケットは売り切れ。その他のツアーは時間的にあわなかったりした。係の人がdiscovery tourなら無料で洞窟に入れるよ、というので、それに行くことにした。アメリカではこれまでもいくつか洞窟に入ってきたのだが、洞窟特有のひんやりとした感覚に出会うことはまだなく、ここもそんなもんだろう、と高をくくっていた。ところが、洞窟入り口に近づくにつれてひんやりとした空気が。これは期待できるぞと、中に入ってみると、かなりひんやりと気持ちいい。
この洞窟は、4000年ほど前にネイティブアメリカンが発見し利用していた痕跡が発見されているとのことで、古くからこの地域では知られている。掲示によると、325億年前Late Misissippian Periodには北アメリカ大陸のケンタッキー州のあたりは南緯10度程度に位置していたらしい。ancient Missouri river(だっけ?)が石灰岩や粘土層を削り、このような洞窟が形成されたとのこと。日本でおなじみの鍾乳洞のように上からしみ込んだ水によって削られた訳ではないので、鍾乳石などは見かけられない(場所によってはあるらしい)が、石灰岩、この辺りではLime Stoneと呼ばれる岩、が広く削り取られ地底都市建設もできそうな空間が広がっていた。なかなか見応えのある洞窟で、1時間程度の散策では物足りなかった。移動の途中ということでこれであきらめたが、また訪ねるべき場所と思う。なかなかよい経験であった。
Lime Stoneという岩はインディアナで特産と聞いていたのだが、どうやらケンタッキーからインディアナに至る広い地域で産出されるもののようで、この岩を使って作られた家は、ベージュ系(?)の色合いできれいだ。
2011年6月30日 実験終了
ビームは午後4時まで出るのだが、装置は今はまだ建設中の段階なので調整を行いたいということで我々の実験は午前8時に終了。
午前中は、PBさんとAHさんと議論。論文の内容でPBさんからいろいろ突っ込まれる。間違ってはいないのだが、曖昧だという点を指摘され、納得してしまう。もう一度考え直した結果、よりしっかりした解釈にたどり着く。やっぱり人と議論することは大切なことだ。それをもとにもう一度計算を行ったところ、結構きれいになった。夕方PBさんに計算結果を送る。
午後はMOさんのオフィスで実験データの解析。データのばらつきが大きくて悩む。MSさんも交えてデータ解析について確認。結局バックグラウンド補正のプログラムがうまく働いていないのではないか?という結論に。バックグラウンド補正前のデータを持ち帰ることにする。彼らがプログラムを書き直してうまく計算できたら新しいデータを送ってくれることになった。もしかすると、パルス故の未解決問題をはらんでいる可能性があるのではないか、という気がする。解析ソフトはユーリッヒスタイルを踏襲していた。0からの構築ということでいろいろ試行錯誤があったようであるが、ここまでできるようになったのは努力の結果であろう。まだバグフィックスしながらの運用だけど、かなり実用に堪えつつある。AFさんが先日実験をしてデータを持ち帰り、デーブでの読み込みをしようとしている、ということなので多分、そちらも利用できるようになるのだろう。
AHさんは4時頃帰宅の途に。その後、MOさんとPBさんと今後のスケジュールの話をする。結果9月の初旬に再度ビームタイムをくれることになった。前半は日本、後半はインディアナにいる予定の僕は、日本からはスカイプ参加。アメリカに戻った後、もし実験状況が僕がいないとどうもならないなら、行かないと行けないのかも?もっとも、そんな状況はほぼないと思うけど。
今回の実験の感想を列挙すると、
線源は不調であった。
試料が今まで知らなかった振る舞いをする可能性があることに気がついた。
装置の強度は、普段使っているものとそんなに変わらない(800kW程度)。少なくとも全体の測定時間はあまり変わらない。今の最高出力になると若干こちらの方が強いということになる。線源強度に応じて今後まだ強くなり得る。
建設中の装置だが、随分使えるようになっており、まだいろいろ調整や修正が必要だろうが、一年後にはかなりなじんでいるのではないか、という印象を受けた。また使いにこよう。
パルスなりの測定の難しさがあるように感じた。測定の経験を積む必要がありそうだ。
データは使えるようになるであろう。初めてのパルス実験でいろいろ試みてみたが7割程度は成功、としてよいのではないかと思う。
晩ご飯はOutbackでマヒマヒを頼む。塩辛くて、家族で少しずつ分ける程度でちょうど良かった。肉はおいしかった。
研究所のホームページに、OYさん、MKさん、ANさんの写真が掲載されていた。かっこいいよ!日本の装置が動かないことに対するアメリカ側の計らいもあった実験なので彼らの感想が注目されたのであろう。コメントも掲載されていた。興味のある方は是非そちらも参照ください。それにしても、MKさんは以前もホームページに写真が掲載されていた。注目の実験研究者といえる。
午前中は、PBさんとAHさんと議論。論文の内容でPBさんからいろいろ突っ込まれる。間違ってはいないのだが、曖昧だという点を指摘され、納得してしまう。もう一度考え直した結果、よりしっかりした解釈にたどり着く。やっぱり人と議論することは大切なことだ。それをもとにもう一度計算を行ったところ、結構きれいになった。夕方PBさんに計算結果を送る。
午後はMOさんのオフィスで実験データの解析。データのばらつきが大きくて悩む。MSさんも交えてデータ解析について確認。結局バックグラウンド補正のプログラムがうまく働いていないのではないか?という結論に。バックグラウンド補正前のデータを持ち帰ることにする。彼らがプログラムを書き直してうまく計算できたら新しいデータを送ってくれることになった。もしかすると、パルス故の未解決問題をはらんでいる可能性があるのではないか、という気がする。解析ソフトはユーリッヒスタイルを踏襲していた。0からの構築ということでいろいろ試行錯誤があったようであるが、ここまでできるようになったのは努力の結果であろう。まだバグフィックスしながらの運用だけど、かなり実用に堪えつつある。AFさんが先日実験をしてデータを持ち帰り、デーブでの読み込みをしようとしている、ということなので多分、そちらも利用できるようになるのだろう。
AHさんは4時頃帰宅の途に。その後、MOさんとPBさんと今後のスケジュールの話をする。結果9月の初旬に再度ビームタイムをくれることになった。前半は日本、後半はインディアナにいる予定の僕は、日本からはスカイプ参加。アメリカに戻った後、もし実験状況が僕がいないとどうもならないなら、行かないと行けないのかも?もっとも、そんな状況はほぼないと思うけど。
今回の実験の感想を列挙すると、
線源は不調であった。
試料が今まで知らなかった振る舞いをする可能性があることに気がついた。
装置の強度は、普段使っているものとそんなに変わらない(800kW程度)。少なくとも全体の測定時間はあまり変わらない。今の最高出力になると若干こちらの方が強いということになる。線源強度に応じて今後まだ強くなり得る。
建設中の装置だが、随分使えるようになっており、まだいろいろ調整や修正が必要だろうが、一年後にはかなりなじんでいるのではないか、という印象を受けた。また使いにこよう。
パルスなりの測定の難しさがあるように感じた。測定の経験を積む必要がありそうだ。
データは使えるようになるであろう。初めてのパルス実験でいろいろ試みてみたが7割程度は成功、としてよいのではないかと思う。
晩ご飯はOutbackでマヒマヒを頼む。塩辛くて、家族で少しずつ分ける程度でちょうど良かった。肉はおいしかった。
研究所のホームページに、OYさん、MKさん、ANさんの写真が掲載されていた。かっこいいよ!日本の装置が動かないことに対するアメリカ側の計らいもあった実験なので彼らの感想が注目されたのであろう。コメントも掲載されていた。興味のある方は是非そちらも参照ください。それにしても、MKさんは以前もホームページに写真が掲載されていた。注目の実験研究者といえる。
2011年6月30日木曜日
2011年6月29日 熊と査読結果と
実験の方はそれなりに順調に動いているので今日は家族サービスと決めた。
Great Smoky Mountainというのはこの辺りで有名な国立公園で、滞在地から1時間少々でいける距離なので行ってきた。基本的にはただの山なのであるが、アメリカ生活では山に遭遇するのも珍しい、というケースもあり人気のスポットである。ちょうどアパラチア山脈の南部分にあたる(北はメリーランド辺りまで連なるが、普段の生活エリアからは少し距離がある)。平日であるにもかかわらず大変多くの人出であった。ガトリンブルグとかピジョンフォージという名所スポットとなっている町があるのだが、そちらは車も多かろう、ということでタウンゼントから山に入ることにした。途中の道は空いていたのでよかった。山に入ってすぐに川に立ち寄ると、ちょうどそこにいたおじさんが、子供たちに使わしてやっていいよと大きな浮き輪を貸してくれた。予期せず川遊び。その後ちょっとしたラフティングまでできて子供たちは楽しそうにしていた。さらに山に入り、車でドライブしながら適当に停まっては景色を眺めたり散歩したり。鹿や七面鳥は期待通り見えたのだが、熊はさすがにあきらめていた。熊を見やすいのは朝10時までか午後5時以降(長男がパンフレットを読んで教えてくれた)とのことで無理だろうと高をくくっていた訳だ。が、たまたま子供たち三人と歩いていたら熊発見。パークレンジャーが自転車で駆けつけて「ルールを知ってるか?熊からの距離は50ヤード(およそ45m)以上だから、もう少し下がってくれ。」といわれる。次男が母を呼びに行き、ぎりぎりで全員野生の熊をみることができた。その後他の観光客がきたのだが、そのときには薮に隠れて見えなくなっていた。野生の熊などみたのは初めてだったのでよい経験であった。この国立公園、日本から実験でこの辺りに出張したときにも訪れたことがある。そのときは、「うーん、山だね」という感想だったのだが、アメリカ暮らしが長くなってきて山の風情がわからなくなっているからだろう、かなり新鮮で人気のスポットである理由が少しわかった気がする。
ホテルに戻り、メールの整理。5月初頭に投稿していた論文の査読結果がかえってきた。結果は、修正せよ、ということであるが、再解析(新しい解析を試せ)すれば良さそうな感じなので、がんばって修正しよう。実験の方は順調に進んでいるようで、明日の朝で終了となる。その後共同研究者と議論し、明日の予定などを確認。夕食はFlat Water Grillで。川縁の店なので、外を選んだのだが、ハエが多くて落ち着いて食べられなかった。次回からは店内を選ぶことにしよう。ここの滞在も後二晩を残すのみとなり、その後はインディアナだ。
Great Smoky Mountainというのはこの辺りで有名な国立公園で、滞在地から1時間少々でいける距離なので行ってきた。基本的にはただの山なのであるが、アメリカ生活では山に遭遇するのも珍しい、というケースもあり人気のスポットである。ちょうどアパラチア山脈の南部分にあたる(北はメリーランド辺りまで連なるが、普段の生活エリアからは少し距離がある)。平日であるにもかかわらず大変多くの人出であった。ガトリンブルグとかピジョンフォージという名所スポットとなっている町があるのだが、そちらは車も多かろう、ということでタウンゼントから山に入ることにした。途中の道は空いていたのでよかった。山に入ってすぐに川に立ち寄ると、ちょうどそこにいたおじさんが、子供たちに使わしてやっていいよと大きな浮き輪を貸してくれた。予期せず川遊び。その後ちょっとしたラフティングまでできて子供たちは楽しそうにしていた。さらに山に入り、車でドライブしながら適当に停まっては景色を眺めたり散歩したり。鹿や七面鳥は期待通り見えたのだが、熊はさすがにあきらめていた。熊を見やすいのは朝10時までか午後5時以降(長男がパンフレットを読んで教えてくれた)とのことで無理だろうと高をくくっていた訳だ。が、たまたま子供たち三人と歩いていたら熊発見。パークレンジャーが自転車で駆けつけて「ルールを知ってるか?熊からの距離は50ヤード(およそ45m)以上だから、もう少し下がってくれ。」といわれる。次男が母を呼びに行き、ぎりぎりで全員野生の熊をみることができた。その後他の観光客がきたのだが、そのときには薮に隠れて見えなくなっていた。野生の熊などみたのは初めてだったのでよい経験であった。この国立公園、日本から実験でこの辺りに出張したときにも訪れたことがある。そのときは、「うーん、山だね」という感想だったのだが、アメリカ暮らしが長くなってきて山の風情がわからなくなっているからだろう、かなり新鮮で人気のスポットである理由が少しわかった気がする。
ホテルに戻り、メールの整理。5月初頭に投稿していた論文の査読結果がかえってきた。結果は、修正せよ、ということであるが、再解析(新しい解析を試せ)すれば良さそうな感じなので、がんばって修正しよう。実験の方は順調に進んでいるようで、明日の朝で終了となる。その後共同研究者と議論し、明日の予定などを確認。夕食はFlat Water Grillで。川縁の店なので、外を選んだのだが、ハエが多くて落ち着いて食べられなかった。次回からは店内を選ぶことにしよう。ここの滞在も後二晩を残すのみとなり、その後はインディアナだ。
2011年6月28日火曜日
2011年6月28日 線源復活
昨夜からおいていた試料の様子を見ると、どうやら、低温のデータは使えるのではないか、という淡い期待が得られた。
午前中はMOさんと新しい試料のデータをチェック。以前測定している似た系のデータとの整合性は良さそうで、どうやらきちんと測定出来ている模様。測定時間に関してはいつも使っている装置とそんなに変わらない。質の良いデータであればよいのだが、エラーがどのくらいとかまではきちんとプロット出来ない。
午後、試料が分離していないかどうかを念のため確認する為に試料を取り出す。すると、試料の温調をする為の水が試料層に漏れている事が判明。急遽測定を停めて原因追及と再発防止策を練る。数時間ロスし、かつ温度調整にかかる時間が大幅に増えた。夕方測定を再開して終了。
夕食はPBさん、AHさんと一緒にTaste of ThaiというKnoxvilleにあるレストランで。美味しかった。
夜メールをチェックしてみたら、またしても線源が数時間とまるという。色々複雑な機械なので、完璧に運用するのは難しいようだ。それにしても、終わりが見えて来た今思うのは、今回は線源の不安定さと、試料に泣かされた。それでも少しはデータが取れている様なので、なんとかそれを形にするしかない。
午前中はMOさんと新しい試料のデータをチェック。以前測定している似た系のデータとの整合性は良さそうで、どうやらきちんと測定出来ている模様。測定時間に関してはいつも使っている装置とそんなに変わらない。質の良いデータであればよいのだが、エラーがどのくらいとかまではきちんとプロット出来ない。
午後、試料が分離していないかどうかを念のため確認する為に試料を取り出す。すると、試料の温調をする為の水が試料層に漏れている事が判明。急遽測定を停めて原因追及と再発防止策を練る。数時間ロスし、かつ温度調整にかかる時間が大幅に増えた。夕方測定を再開して終了。
夕食はPBさん、AHさんと一緒にTaste of ThaiというKnoxvilleにあるレストランで。美味しかった。
夜メールをチェックしてみたら、またしても線源が数時間とまるという。色々複雑な機械なので、完璧に運用するのは難しいようだ。それにしても、終わりが見えて来た今思うのは、今回は線源の不安定さと、試料に泣かされた。それでも少しはデータが取れている様なので、なんとかそれを形にするしかない。
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